「豊岡鞄」 ~鞄作りへのこだわりと地域ブランド戦略~

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豊岡鞄 KITTE丸の内店(旗艦店)

東京駅丸の内南口前のKITTEには、日本のモノづくりへのこだわりと、日本ならではの美意識を感じさせる品々を販売するショップや、地域で愛される老舗の味などが楽しめるレストランが揃っている。そのこだわりのショップの1つが「豊岡鞄®」。6階まで吹き抜けの開放感あるアトリウム1階に店を構え、豊岡鞄®の大きなロゴと白い壁面に高い天井が印象的だ。店舗奥の窓からは明るい光が差し込み、東京駅の赤レンガが温かみを感じさせる。白い壁にカラフルな鞄が並び、その1つ1つが豊かな個性を主張している。豊岡鞄認定企業12社が、ビジネス用からカジュアルまでそれぞれの提案を繰り広げている。

鞄好きの友人が教えてくれた豊岡の鞄。調べてみれば、兵庫県豊岡市は、生産量・出荷額、従業員数で日本一の鞄の生産地である。なぜ豊岡が鞄の名産地になったのか、まずは歴史をひも解くことから始めてみた。

ショップ入口には大きなロゴ

鞄作りの歴史とブランド戦略

 歴史をさかのぼること1000年以上、神に供え物をささげた際の容器として使われた但馬(たじま。現在の豊岡を含む兵庫県北部)産の柳筥*¹(やなぎばこ)が、奈良時代に正倉院へ納められ、保存されている。コリヤナギの産地であったことから柳細工が発展し、特に江戸時代には豊岡藩の独占取扱品として、柳行李*²(やなぎごうり)の生産が盛んだった。

コリヤナギで作った柳行李
ファイバー鞄

 20世紀に入り鞄の生産が発展し、1936年に開催されたベルリンオリンピックの選手団用に豊岡製のファイバー鞄*³が採用された。さらに戦後は塩化ビニールレザーなどの新素材や、型崩れ防止の技術も発達し、軽くて丈夫な鞄が人気を呼んだ。その結果売上げが急増し、市内に300を超える事業者が生まれ、生産量は全国1位だった。

 長い発展の歴史を持つ豊岡の鞄産業だが、その後、OEM生産*⁴が主流となり、産地である豊岡の名前が出ることが無くなった。また平成に入るとバブル経済の崩壊で市場が縮小し、中国などの輸入製品の台頭で、兵庫県鞄工業組合の組合員数も激減した。
 この低迷期を経て、2006年には豊岡鞄のブランド化を通じて、全国での認知度を高め、売上向上と地域経済の活性化につなげるため、特許庁の地域ブランドとして「豊岡鞄®」の商標認可を受けた。ブランドのコンセプトは『豊岡で育まれ ものづくりの長い歴史と職人の技術が生んだ 優れた鞄を消費者に安心して使って頂く』で、豊岡産の鞄の中でも、兵庫県鞄工業組合が定めた基準を満たす企業によって生産され、審査に合格した製品のみを「豊岡鞄®」と認定している。製品の審査は豊岡鞄地域ブランド委員会が行っている。

 ロゴマークは江戸時代に豊岡を治め、鞄のルーツとなる柳行李生産を奨励発展させた但馬豊岡藩主・京極家の家紋「四つ目結(通称四菱)」から1つの「菱」をとり、鞄の持ち手をつけたデザインである。

*¹ 柳の細枝を編んだ蓋(ふた)つきの箱
*² 柳で編んだ箱形の入れ物で、荷物を入れて運搬するのに用いた
木材パルプを溶解したのち高い圧力でプレスし繊維密度を高めた素材で作った鞄
* 発注した相手先のブランド名で販売される製品を生産すること

鞄へのこだわり(豊岡鞄®認定企業こだわりの技術と製品)

地域ブランド「豊岡鞄®」を牽引する鞄メーカー4社の社長にお話を伺った。

≪株式会社由利≫
 創業55年(2019年現在)で従業員220名、豊岡の鞄メーカーの中でも大手、(株)由利の由利昇三郎(ゆり しょうざぶろう)社長を訪ねた。全国の百貨店、豊岡市内の店舗、WEBサイト中心、ベトナムの工場で作って日本で売るなど、流通の違いで4つの社内ブランドを持つ会社で、ベトナムでの自社工場は30年の歴史がある。
 コンピューター・ミシンや、CAD・CAM*⁵使って正確かつ高効率な鞄製造を行い、多種・大量の生産が可能であるが、最も力を入れているのは検品の精度だという。社内で2度の厳しい検品を行い、顧客からの指摘による不良率は0.06%でルイ・ヴィトン並みだ。
 特に自信のある製品は、New Dullesシリーズで、大口の開口部と流線型のフォルムが印象的だ。ダレスバッグ*⁶というと固いイメージがあるが、それをリュックにしたところが新しい。「機能を形に」をコンセプトに、ペットボトルが3本入る大容量であって、そうは見えない美しいフォルムをしている。立体的なフォルムをつぶしても、直ぐに元の形に戻る優れものだ。

流線型のフォルムが印象的な New Dullesシリーズ

* CADcomputer-aided designCAMcomputer aided manufacturing:コンピューターを用いた、設計(デザイン)・加工(鞄の場合は「裁断」)
*⁶ 広い口金式のブリーフケースで本来ドクターズバッグと言われるが、戦後ダレス国務長官が愛用していたことから、日本の鞄専門店が自社製品にこの愛称をつけた。

≪マスミ鞄嚢株式会社≫
 マスミ鞄嚢(ほうのう)(株)は創業103年、従業員数19名。植村賢仁(うえむら けんじ)社長にお話を伺った。豊岡の鞄メーカーの中でも老舗中の老舗で、柳行李作りから始まり、現在はトランクな どの高級「箱もの」を中心に、基本的にオーダーメイドで製造している。2019年のNHK大河ドラマ『いだてん』の中で、1964年の東京オリンピック開催時に、聖火リレーが4カ所からスタートし東京に集まるというくだりがあるが、その4つに分けられた聖火の種火を運んだ特殊なトランクを作ったのもこの会社だ。

聖火の種火を運んだ特殊なトランク

 オーダーメイドなので、鞄・トランクのサイズ・機能・革の種類・革や糸の色・ステッチに至るまで、なんでも顧客の希望どおりに作る。大型のトランクから派生して、タンスや机・椅子まで作るので「豊岡の鞄メーカーで唯一木工部があります」と植村社長は笑って言った。
 工房を訪ねてみると、老舗のイメージと違い若い職人が多い。職人の平均年齢は38歳だという。オーダーメイドで財布などの小物から、大きな箱もの、家具まで作るので、若者は鞄作りの1から10まで勉強したいと言って入社してくるそうだ。
 マスミ鞄嚢では高級品のオーダーメイドが多いため、最終的に契約する時は古い蔵を改装した「契約の部屋」に顧客を案内し、壁中にあしらわれた色とりどりの革や、同社の歴史的な名品に囲まれながら契約するという。写真撮影もドアの外からで、室内には契約するお客様しか入れない。

契約の部屋

≪株式会社羽倉(HAKURA)≫
 続いては、創業56年、従業員23名、ランドセルに特化したメーカー(株)羽倉の羽倉嘉徳(はくら よしのり)社長に面会した。某有名ゴルフ用品会社のOEMなど、他社ブランド名でのゴルフバッグや鞄作りを長年してきたが、2016年にランドセルに特化することを決め、2017年からオリジナルランドセル作りに専念している。

カラフルなオリジナルランドセル

 オリジナルランドセルに特化した理由を聞くと、1つにはOEMではモノづくりの面白みが少ないこと、2つ目としてランドセル製作は、得意とするゴルフバッグ作りの技術が活かせるからだという。2019年現在、店舗及びネットでカラーバリエーション40種類のランドセルを受注販売している。受注販売のため、どこの誰のために作ったか分かり、やり甲斐にもつながっている。またその全てが「豊岡鞄®」ブランド認定品である。2020年には140種類のカラーバリエーションを目指している。
 こだわりを伺うと「鋲(びょう)なしフラップ」と言ってランドセルのフラップ(かぶせ)部分を指さした。他のランドセルには、フラップと留め金部分をつなぐパーツを固定するために2つの鋲が使われている。HAKURAのランドセルは、革の美しさを引き出すために、強度を保ちながらこの鋲を使わない技術を開発したという。また、希望があれば、鋲を無くして美しくなったフラップにステッチアートを施している。HAKURAランドセルの付加価値の1つである。

鋲なしフラップとステッチアート
豊岡鞄®ブランド認定品のロゴ織ネーム

≪株式会社足立≫
 会社訪問の最後は創業77年、従業員19名、(株)足立の3代目社長足立哲宏(あだち てつひろ)氏にお話を聞いた。元々鞄製作に使うパーツや材料の卸売りが中心の会社で、YKKファスナーの代理店でもあるが、15年ほど前に鞄の製造を始めた。初めは、材料を卸している同業他社に気を使い、全く新しい販売ルートを開拓するとともに、他社が未開拓の分野・製品作りからスタートしたという。それが功を奏して 、今では普通の鞄だけでなく、着物や電子機器・医療機器などのための特注ケースも生産している。
 豊岡鞄のブランディングが始まってからは、その活動に積極的に参加し、鯖江(さばえ)めがね、井原(いばら)デニムなど異業種ブランドとのコラボプロジェクトにも力 を入れている。

(上)鯖江めがねとのコラボ製品 ⇒
(下)井原デニムとのコラボ製品 ⇒

 新しい人材を育成するアルチザンスクール(後述)や鞄縫製者トレーニングセンター(後述)にも深くかかわり、卒業生を多く受け入れている。現在同社のIT化や製品企画の中心人物である由良直樹(ゆら なおき)氏は、アルチザンスクールの第1期生である。

(株)足立製品企画担当 由良直樹氏

技術の継承と人材育成 ≪Toyooka KABAN Artisan School≫

 Toyooka KABAN Artisan Schoolを訪問して、紙谷芳明(かみたに よしあき)マネージャーにご案内いただいた。この学校は、紙谷氏も所属する「豊岡まちづくり株式会社」*⁷が運営する鞄のエキスパートを養成する専門校だ。
 同校は、同じく同社が運営する豊岡鞄と豊岡産鞄を販売するショップ「トヨオカ・カバン・アルチザン・アベニュー」(以後「アルチザン」)内にある。
 2014年にアルチザンがオープンするとき、同じ建物の3階に、次世代を担う鞄職人を育成する1年制の専門学校としてアルチザンスクール(以後「スクール」)が開設された。スクールではスケッチ、裁断、縫製、CADなど鞄作りの各種技術を学ぶ他、原価計算などの経営に関する知識も習得することができる。コンセプトとして「1枚のラフスケッチから1本の鞄を自分1人で作る」を掲げ、製作課題としてテーマは与えるものの、各自が機能を追加し、デザインを変えることをルールとしている。これはオリジナルブランド製品を製造する際に求められる、発想力や思考力を身に着けるためだ。

Toyooka KABAN Artisan Avenue 1F ショップ
自慢のオリジナル鞄を持って

 毎年9月から10月に面接試験を行い、合格した生徒は翌年の4月から1年間鞄漬けの日々を送る。応募者の大多数は県外からで、皆モノづくりに対する想いが強く、学費だけでなく転居や生活費の負担もあるので、生半可な気持ちで入学してくる生徒は少ないという。

同じテーマの鞄でも全てデザインやサイズが違う

 2019年度のスクールを見学させていただいた。教室の棚には生徒たちの作品が所狭しと並んでいるが、同じ種類の鞄でも全てデザインやサイズが違う。県外から来ている生徒2人に、スクールを選んだ理由を聞いてみると2人とも「モノづくりに興味があり、革が好きだから」と答えた。前職は他業種でモノづくりとは関係ないのも同じだった。2014年から18年までの5期43名の卒業生の進路は、30名(69.8%)が豊岡市内の鞄メーカーに就職している。

*⁷豊岡市、豊岡商工会議所、地元商店街などが出資して設立した会社

≪鞄縫製者トレーニングセンター≫
 鞄縫製者トレーニングセンター(以後「トレーニングセンター」)は、豊岡K-Site合同会社*⁸が主宰する鞄縫製職人を養成する短期集中プログラム。合理化や機械化をしても鞄を作るのは人で、特にミシンを使って革や帆布など色々な素材で鞄を作る縫製技術は習得が難しいという。トレーニングセンターの目標は「4カ月で即現場で通用する鞄縫製職人を養成する」ことだ。鞄縫製に特化し、現場で役立つ基礎・応用技術、現場目線での必要技術や働く姿勢など実際に近い環境で集中的に学ぶ。
 トレーニング修了後は、この事業に参画している企業の縫製者として就職することが多く、2013年度から2018年度までに105名が修了し、91名(86.6%)が地元に就職している。

*⁸兵庫県鞄工業組合加盟企業が設立した合同会社

鞄縫製者トレーニングセンター授業風景

取材を終えて

 「豊岡鞄®」のブランド戦略や人材育成に関し、中心となっている企業や人材教育機関などを訪問し、それぞれの現場を見せていただいた。印象的だったのは、鞄作りの現場でそれぞれの会社のこだわりを持ちつつ、ブランド戦略の推進やアンテナショップの展開、職人育成の施策などで、企業の枠を超えた協力関係がしっかりしていることだった。冒頭で紹介したKITTEのアンテナショップも、豊岡鞄®認定企業16社が出資して経営している。補助金は一切ないと聞いて驚いた。アルチザンやトレーニングセンターは補助金も含む試みだが、豊岡鞄の同業者が協力しなければできない施策だと思う。2019年の新語・流行語大賞で例えれば、“ONE TEAM”に感じられて、取材後大変清々しい気持ちになった。
 さらに協力関係の輪は、日本初の国産デニムを作った「デニムの聖地」岡山県の井原デニムとのコラボ(2017年)、良質なメガネ製品で世界的にも有名な福井県の鯖江めがねとのコラボ(2018年)、と他の地域ブランドにも広がっている。
 兵庫県鞄工業組合の副理事長でもある(株)由利の由利昇三郎社長を訪問した際、今後の抱負をお聞きした。レディース商品のさらなる充実や、これまでにない高品質の撥水性イタリア製皮革を使った商品の開発などが話題に上ったが、最も目を輝かせて語られたのが、2020年2月にミラノで開催される世界最大規模の鞄見本市「ミペル・ザ・バッグショー(MIPEL THE BAG SHOW)」への出展の話しだった。「ミペルに出展して、ヨーロッパのバイヤーに、日本製の鞄と言えば豊岡鞄だと印象づけたい」という言葉に、経営者の世界戦略が感じられた瞬間だった。

≪取材協力≫

●一般社団法人 豊岡鞄協会、兵庫県鞄工業組合
住所:〒668-0041 兵庫県豊岡市大磯町1-79、TEL:0796-23-7833
URL: http://www.bag.or.jp/  (豊岡鞄協会。日本語のみ)
  : https://www.toyooka-kaban.jp/ (豊岡鞄オフィシャルサイト。日本語)
    https://www.toyooka-kaban.jp/en/ (英語)

●豊岡鞄KITTE丸の内店
住所:〒100-7001 東京都千代田区丸の内2-7-2号 KITTE 1階、TEL:03-6551-2529
URL:https://toyookakaban.com/

●株式会社由利
住所:〒668-0011 兵庫県豊岡市上陰164-5、TEL:0796-23-5201
URL:https://www.toyooka-kaban.jp/company/yuri/  (日本語)
   https://www.toyooka-kaban.jp/en/company/yuri/  (英語)

●マスミ鞄嚢株式会社
住所:〒668-0046 兵庫県豊岡市立野町5-1、TEL:0796-37-8177
URL:https://www.toyooka-kaban.jp/company/masumihounou/  (日本語)
   https://www.toyooka-kaban.jp/en/company/masumihounou/  (英語)

●株式会社羽倉(HAKURA)
住所:〒668-0021 兵庫県豊岡市泉町15番11号、TEL:0796-23-2536
URL: https://www.toyooka-kaban.jp/company/hakura/  (日本語)
   https://www.toyooka-kaban.jp/en/company/hakura/  (英語)

●株式会社足立
住所:〒668-0027 兵庫県豊岡市若松町1-8、TEL:0796-23-2068
URL:https://www.toyooka-kaban.jp/company/adachi/ (日本語)
   https://www.toyooka-kaban.jp/en/company/adachi/ (英語)

●トヨオカ・カバン・アルチザン・アベニューToyooka KABAN Artisan Avenue
住所:〒668-0033 兵庫県豊岡市中央町18-10、TEL:0796-22-1709
URL:http://www.artisan-atelier.net/ (日本語のみ)

●トヨオカ・カバン・アルチザン・スクールToyooka KABAN Artisan School
住所:〒668-0033 兵庫県豊岡市中央町18-10、TEL:0796-22-1709
URL:http://www.artisanschool.net/ (日本語のみ)

●鞄縫製者トレーニングセンター
住所:〒668-0042 兵庫県豊岡市京町12-73、TEL:0796-26-7300
URL:http://toyooka-hosei.com/ (日本語のみ)

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