意匠を楽しむ――岡山県倉敷市「美観地区」

 岡山県倉敷市「美観地区」の白壁の美しい街並みの風景には、懐かしさを感じさせる旅情があふれる。江戸時代から繁栄してきた商人の町は、町並みの文化的な価値に早くから目を向けた先覚者たちの多大な尽力と、地域住民の町を愛する気持があったから、昔のままの姿が現代に引き継がれてきている。どこにカメラを向けても絵になるここの景観は国内外から高く評価され、訪れる観光客を魅了する。
 今回の記事では、観光ボランティアガイドから教わった、見どころが多い美観地区を巡る際にぜひ目を留めて鑑賞いただきたい意匠(工夫を凝らしたデザイン)などを紹介する。

干拓地での綿の産出と交易の拠点から紡績産業へ

 倉敷の町の繁栄は、干潟を干拓した土地に築かれた。1580年代以降、防潮堤の建設が進められ、町と田畑が拡大されてきた。堤防の外には瀬戸内海が広がり、海運の便が良いうえ、潮の満ち引きを利用して船が容易に倉敷川を上がってこられたことが倉敷の発展の基であった。川は運河のように浚渫(しゅんせつ)され、護岸が補強され、多くの船が行き交い、交易の町としてにぎわうようになった。
 干拓地の土壌には塩分が残り、農産物には適さない。ここでは塩分に強いワタを植えることが奨励され、一帯は綿の大産地となった。その綿を農家から買い上げ、商品として出荷する問屋が増え、そして米や海産物などの物資輸送の集積地として商家も増え、やがて交易の拠点として商業が盛んな町が形成されていった。
 倉敷は城下町ではない。徳川幕府の直轄領として幕府から派遣された代官が治めていたが、商人たちの自治を認め優遇したことで、商人が中心となって地域の行政を担う自治都市として発展していった。
 明治22年に倉敷紡績工場が設立され、原料の綿花を加工して糸を生産した。この工場のみで、明治期の岡山県内全産業の8.9%の生産額を誇り、岡山県の産業の牽引車として大きな役割を担った。倉敷は、商いの町の顔と併せて、生産の町の顔も持つようになった。

300年前から100年前の建物が共存

 美観地区の風景は、白壁土蔵のなまこ壁や町屋(店舗併設の町中の住居)の格子窓などが続く町並みが、倉敷川沿いの柳並木と一体になって、絶妙な調和を醸し出している。建物が軒を連ねる中で町並み全体の統一感が保たれつつ、土蔵、屋敷ごとに細部ではいろいろな意匠が凝らされている。
 建物は江戸時代のものばかりではない。明治時代から大正期に建てられた建築物も混在している。それぞれの時代の建物の持味が主張され、周囲の景観になじんでいるのが美観地区の特徴である。かたや300年近くの古いもの、かたや100年前――そういうものが溶け込んで、全体として重厚な歴史の奥行き感が見る者の目に映される。

2階建てが基本の町並み

 美観地区内のほとんどの建物が2階建てで、2階部分は低く建てられている。本来2階は居住のためでなく、物置として使われていた。明治期に入るまで、旅館や料理屋のほかは、2階に居住することは許可が出なかったといわれている。

贅沢に塗り込んだ・塗屋造り

 隣家に接する両側面および正面2階部分の外壁全体を白漆喰(しっくい)仕上げとしている。防火性能を高めるのが最大の目的であるが、見た目の意匠として美観地区の町並みを特徴づけている。ほとんど全ての建物で、費用が掛かるこの外装の仕上げが維持されてきたのは、町全体が長い間繁栄を持続してきたからで、これだけ多くの建物に一律に施されているのは、ほかで見ることはなかなかできない。

ずしりと堅牢(けんろう)な造り・土蔵造り

 一般の建物には漆喰を塗っただけの壁が多いが、土蔵は20~30センチのぶ厚い外壁全体を漆喰で覆い、壁に瓦を張って耐久性・耐火性を向上させている。黒く見える部分には、粘土を平たく焼き固めた瓦が張られている。防火的とされる塗屋造より壁が大変厚いので、火災に逢って壁の外面は被害を受けても,木部の柱までには及ばない頑丈な構造になっている。

町並みに重厚さを加える本瓦葺(ぶ)き

 平たい平瓦と筒状の丸瓦が組み合わされて屋根が葺かれ、古くから寺院建築で用いられている葺き方になっている。この屋根が続いていることが、美観地区の町並みの重量感を演出している。現代よく見られる屋根の葺き方は、江戸中期以降に広まった桟瓦(さんがわら)葺きで、美観地区では比較的新しい一部の屋根で用いられている。

「林源十郎商店」屋上からの眺め。手前の家屋には桟瓦が葺かれている。

丸い瓦の端の模様

 屋根の丸瓦の先端の模様は、巴(ともえ)が描かれているものが多数を占める。巴はコンマのような形をした日本の伝統的な文様の1つで、湧き出した水がうずを巻いて外へ巡る様を表している。江戸時代に町民に最も恐れられた災難は火災だったので、全国各地で巴模様を目にするのは、火避けの願いが込められているためであると思われる。​

 現代は各家の家紋を入れることも多いが、明治までは家紋を有していたのは武士階級や特別に許された家で、一般庶民には家紋がなかった。そのため、それまではもっぱら火避けの巴が使われた。

外壁を飾る「付け庇(びさし)」

 建物の前面にも側面にも、1階と2階の境目や窓の上下において短い庇が付けられているのが見られる。これは雨水で壁面が痛むのを防ぐのと同時に、細部にも意匠が凝らされて、建物に威厳を付けていると言われている。形状、長さなどは決まりがなく、建物ごとにさまざまである。​

1階の通りに面した「倉敷格子」

 上下に通る太い格子の間に細くて短い格子が3本または5本入るのは、倉敷独特の窓のデザインである。目線の高さは格子が密になっていて外からの視線を遮りつつ、窓からの採光を確保できるように設計されている。

2階正面に開かれた「倉敷窓」

 2階の窓枠には隅が角のように突き出ている部分があり、こうした窓は一般には角柄窓(つのがらまど)というデザインである。そこに縦の骨組みを木地のままで3本または5本入れた窓が、倉敷窓と言われ、この地に独特の意匠の1つである。​

各家で意匠を競った「虫籠窓」(むしこまど)

 虫籠(むしかご)のような細かい縦格子が入った窓は、京阪地方の町屋の影響を受けて幕末から明治の初頭に倉敷入ってきた、ここでは比較的新しいデザイン。本来は枠も格子も塗り込め式だったが、後になると木地のままの角木や丸木、鉄製などさまざまな虫籠窓が個性的な意匠を競った。​

瓦を張った本格的な「なまこ壁」

 防火、防風、鼠避け、装飾を目的として、正方形の平たい瓦を外壁に張り付け、目地を漆喰で盛り上げて埋めている。この盛り上がりが、日本では食用として珍重されているナマコに似ていることから、この名称が付けられている。目地は、砂、石灰、海草からとれる麩糊(ふのり)、麻や藁を細かく切ったものが混ぜ合わされてできていて、麩糊の成分によりひび割れがしにくくなっている。現在各地で作られるなまこ壁は、見た目はそっくりでも、このように伝統的な作り方でなく、瓦の代わりにモルタルで簡易に作られるものが多い。
 なまこ壁の張り方にはいくつか種類がある。美観地区でよく目にする模様のうち、縦の目地を食い違いにしたのは、人が馬に乗っていると見て、「馬乗り張り」といい、瓦を斜めに張って目地の水はけを良くしたのは「四半張り(しはんばり)」と言われる。JR倉敷駅内の壁にも、なまこ壁のデザインが見られる。​

美観地区のシンボルとなっている土蔵は、博物館として活用されている。

ちょっと不思議な壁の模様

 ここの外壁は、ヒノキの腰板が船釘(ふなくぎ)を打って留めてある仕様となっている。美観地区で多いものではないが、雨に濡れて酸化した釘の成分が垂れてできた独特な模様が目を引く。​

軒先下の「犬矢来」(いぬやらい)

 昔は庇に雨どいがなかったので、雨は庇から地面に垂れていた。犬矢来は雨垂れが地面で跳ね返らないようにするためと併せて、通行人を建物から一定の距離をもって離すために設けられている。​

商家の船着場の面影「雁木」(がんぎ)

 雁木は、川で荷物の積み下ろしを行う階段状の場所のことで、川沿いの商家ごとに設けられていた。潮の干満によって水面が上下しても、ここから船に渡り板を掛けることができるようになっている。
 岸壁からとび出した階段状の足場も荷を積み下ろしする際に利用された。川面に反射してV字となっており、雁が空を渡る様子と似ていることから、これも倉敷では雁木と呼ばれる。​

明治期の煉瓦(れんが)造りの紡績工場跡「倉敷アイビースクエア」

 明治22年に建設された紡績工場の外壁を残して、ホテルやミュージアムを含む複合観光施設として再生された。冬は落葉するが、夏は青い葉が隙間なく煉瓦上を覆い尽くすツタは、冷房設備がない当時、建物の中の温度を下げる効果をもたらした。​​

大正期の町役場「倉敷館」

 大正6年に建てられた木造洋風建築の町役場。役場が移転した後は、公営の質屋、職業紹介所として使われた。現在は登録有形文化財として残され、観光案内所、無料休憩所として開放されている。​​

昭和の重厚な作りの「大原美術館」

 昭和5年に日本初の私設西洋近代美術館として開館した、美観地区のシンボル的建物の1つである。エル・グレコ、ゴーギャン、モネ、ルノワールらの世界的名画、ロダンの彫刻などが並ぶユニークな民間総合美術館として世界に知られている。​

本館の入口にはロダン作「カレーの市民」像が来訪者を迎える。 ​

 全国各地では時代の変化によって、伝統的な町並みや地域の文化・生活の姿を維持していくことが難しくなってきている。町中に空き家がなく、景観の完成度が高い「美観地区」ではNPOが中心となって町屋の再生・利活用を担い、景観の保全・地域の活性化を維持してきている。和と洋、レトロとモダンが絶妙に融合し、独特な癒し感が得られる町並みに溶け込むように、町屋や土蔵を改装したカフェやギャラリー、居酒屋、土産屋などが次々にオープンしている。伝統が大切にされながら新しいものも生み出され、このエリアに新たな魅力が加え続けられているのである。​

取材協力
倉敷地区ウエルカム観光ガイド連絡会
 TEL: 086-425-6039
    倉敷市観光休憩所内

倉敷地区ウエルカム観光ガイド連絡会会長神﨑浤治氏

倉敷市公式観光Webサイトhttps://www.kurashiki-tabi.jp/

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