マグロ大国ニッポンで食べるマグロの今

マグロ大国ニッポンで食べるマグロの今

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 日本人はマグロ好きとして知られる。世界のマグロのおよそ5分の1は日本人が消費しているといわれ、農林水産省のデータによると、日本人の年間マグロ消費量は、一世帯当たり平均およそ2キログラム。日本人がよく食べる魚のランキングでは、マグロはサケに続く第2位となっている。
 私自身もマグロは大好物。築地場外市場に行った際、「マグロ工房 築地ホクエイ」で購入したホンマグロの刺身とマグロ肉を使って作ったメンチカツは本当に美味(おい)しかった。対応してくれた管理栄養士でもある西村純子さんは、ホクエイグループがマグロ漁船と「一船買い(ひとふねがい)」契約をし、その船で取れたマグロを全て買い上げ、自社で解体、加工、販売まで行っている、と説明してくれた。マグロメンチカツは、マグロを無駄なく食べ尽くすために端肉を利用して開発した人気商品、とのこと。
 ますますマグロに興味が湧き、豊洲市場にあるホクエイ食品株式会社の事務所を訪ね、グループ営業本部長、齊藤賢(さいとうけん)氏と、副本部長で製造部部長の澤井康成(さわいやすなり)氏にお話を伺ってきた。昨年創業40周年を迎えたホクエイで長年マグロを扱ってきたお二人は、まさにマグロの専門家である。

マグロの王様ホンマグロ

 前述のとおり、日本人がよく食べる魚の第一位はサケだが、サケと違って、マグロの場合、日本では生で食べることが圧倒的に多い。そのマグロの刺身で特に人気が高いのはホンマグロ。「マグロの王様」として高級すしネタや刺身になり、その消費量は日本が世界最大である。
 ホクエイで受けた説明でまず驚いたのは、「大間のマグロ」に代表されるような、日本国内の港に水揚げされる「近海物」のホンマグロの流通量が、実はほんのわずかである、ということ。マグロ類の総漁獲量に占める割合は数パーセントにも満たないのだ。我々が日本で口にするホンマグロのほとんどは、実は日本から1万キロメートル以上も離れた遠洋で漁獲され、何カ月もかけて運ばれてきた冷凍マグロなのである。

遠洋漁船

 数カ月以上前に漁獲されたマグロを、まるで今日釣れたような新鮮さで、高級寿司店や和食店で、そして家庭でも、「ナマ」で美味しく食べられる。そのためには、漁獲から輸送、消費者の手に届くまで一貫して、徹底した品質管理と、高度な冷凍技術が必要となる。マグロの刺身は、そういった完璧なシステムが確立している国でこそ安心して食べられるのだ。

 マグロは鮮度が命! ホクエイが一船買いしているマグロ漁船は、北アイルランド沖からカリブ海周辺にかけて漁を行う日本国籍の漁船。マグロの丁寧な処理で定評があり、釣れたマグロをマイナス60度で急速凍結、保管する設備が備わっている。マイナス60度とは、水の分子がその働きを止める温度よりさらに低温であるため、水分が凍結することで起きるマグロの細胞破壊や冷凍による乾燥・劣化を防ぐことができる。また、釣り上げられた直後、体の死後硬直が始まるよりも前に、素早く冷凍処理が行われるので、少し残酷 なようだが、マグロはほぼ生きたまま冷凍されることになる。これが、冷凍マグロの新鮮さの理由だ。 一方、「大間のマグロ」に代表される日本近海でとれるマグロは、釣れてから生の状態で冷蔵保管され、消費者の口に入るまでに少なくとも1週間かかっているのだそう。マグロは一定温度で「熟成」することで旨味(うまみ)を引き出すことができると言われており、熟成マグロとして美味しく食べられる。しかし、「鮮度」という点では、船上で急速冷凍され、ほぼそのままの状態で消費者の手に届く冷凍マグロのほうが上、ということになる。

冷凍マグロの解体

 澤井氏が冷凍マグロを切り分けるところを見せていただいた。作業場は冷蔵庫にいるような寒さである。マイナス60度の冷凍庫から取り出されたマグロは固い丸太のような状態になっており、普通の包丁で切ることは不可能。電気ノコギリのような専用の裁断機を使って、マグロの身を、赤身、中トロ、大トロ、の部位別に切り分けていく。カチカチに凍っているので、切断されても、血や水分は一滴も出ない。
 マグロの体は、中心に近い部分は脂身の少ない赤身。皮に近いほど脂が多いトロになる。トロも、腹側の頭に近い部分にはさらに脂がのって大トロになるが、大きな全身のうち、大トロの占める割合はごく僅か。目の前で切り分けられるのを見て、トロが希少であることが実感できた。

 マグロ切断作業場のすぐ隣には、マイナス60度の冷凍庫がある。船上で冷凍処理されたマグロは、日本に運ばれてからも直ちに超低温冷凍庫に移され、保管され続けるのだ。切断のために取り出したマグロも、また直ぐにマイナス60度へ戻される。釣り上げた直後から、加工、販売されるまで、このように一貫して超低温保管し続けることで、マグロの鮮度が保たれている。

冷凍マグロのカット動画:
https://youtu.be/TZr8HkbTcfk

マグロ漁の現状

 現在、遠洋でのマグロ漁は、実際どのように行われているのか。ホクエイが「一船買い」している日本の漁船には、船長、機関長を始めとした日本人スタッフがもちろん乗船しているが、実際の漁の中心となっているのは主にインドネシア人漁師たちだ。これは日本人の漁師が減少しているためである。ひと昔前は、マグロ漁船に乗って数年働けば、持ち家を1軒建てることができるくらいの収入を得ることができたそうだが、現在ではそれほど多くの収入にはならない。高齢化が進み、厳しい労働環境も敬遠され、日本人漁師の数は減る一方なのだ。
 一方、ホンマグロの個体数は増加を続けている。2014年に太平洋クロマグロ(ホンマグロ)は絶滅危惧種に指定され、もうホンマグロは食べられなくなるのではないか、と大いに心配された。しかしその後、各国は持続可能な漁獲枠を実行し、違法漁業の取り締まりを強化。その結果、資源量は順調に回復し、2021年には準絶滅危惧種へ危機ランクが引き下げられた。日本の太平洋におけるホンマグロ漁獲枠も、2022年から前年比15パーセント増が決定した。澤井氏によると、現在では、大漁すぎて船上処理が追いつかなくなることもあるという。鮮度が保証できなくなるのを避けるため、ホクエイから漁船に対し、釣り針の数を減らすよう要請しなければならない事態とか。

世界のマグロ漁場地図

 マグロ漁船はどこで漁を行っているのか、ホクエイ作成の色分け地図を参照していただきたい。マグロは種類によって漁場が異なる。ピンク色がホンマグロ(クロマグロ)、黄色がミナミマグロ。オレンジ色は、メバチ、ビンチョウ、キハダマグロの漁場である。

 ホンマグロは主に北半球に多く生息し、緯度が高くなり、北極圏に近い海域ほど、脂がのった良質で美味しいマグロが取れる。ホンマグロは背中と目が黒いのでクロマグロとも呼ばれ、大西洋クロマグロと太平洋クロマグロの2種類があり、学名も体のつくりも異なる。

 ミナミマグロは南半球に多く生息している。これもbluefin tunaであるが、ホンマグロとは体のつくりや味が異なる。大きく育つホンマグロに比べて、ミナミマグロは魚体が小さめ。インド洋で多く漁獲されるためインドマグロとも呼ばれる。生息する海の環境が、北半球に比べて波も荒く過酷なため、魚体が大きく育たないのではないか、といわれている。荒波から内蔵を守るために、肋骨が腹に大きく入り込んでいるのも特徴で、そのため、ホンマグロに比べて、大トロのとれる部位が少なくなる。

 マグロは養殖も盛んに行われている。ホンマグロは地中海諸国とメキシコが、ミナミマグロはオーストラリアが、それぞれマグロ養殖の中心地であり、日本にも輸出されている。天然のマグロは個体によってそれぞれ大きく異なるが、養殖マグロになると、見た目、味、脂のノリがほぼ均一になる。

メバチやキハダもホンマグロになれる?

 メバチマグロとキハダマグロの漁場は、赤道付近を中心に世界中に分布している。まれに、ホンマグロの漁場にメバチやキハダが現れることがあるそう。このメバチ、キハダは北の極寒冷海域を泳ぎ回ることで、ホンマグロ顔負けの体つき、脂のノリになる。そのため大変な高値で取り引きされることが多いのだが、見た目もホンマグロとそっくりなので、マグロを専門に扱う市場のプロでさえも見間違え、ホンマグロと信じて買い付けてしまうことがあるそうだ。

 同じく赤道付近を中心に世界中で漁獲されるビンチョウマグロは、ツナ缶に加工されることが最も多い種である。

マグロを食べ尽くす

 個体数は回復したとはいえ、マグロが貴重な資源であることに変わりはない。
 ホクエイではフードロスを避けるため、「マグロを食べ尽くす」取り組みをしている。澤井氏によると、マグロの魚体で食用にできないのは皮と骨のみ。皮も食べられる魚は多いが、マグロの皮は固く細かいウロコに厚くびっしりと覆われていて、残念ながら加工も不可能。しかし、それ以外の部位はほぼ食用に出来る。尾肉や頭肉、ホホ肉、目の裏側にある肉、魚卵などは希少部位として調理され、缶詰製品に加工されている。

 加工した際に出る端肉はネギトロとして販売。皮や骨の周囲についている肉は専門の機器を使用してこそげ取り、「ツミレ」に加工。冬場は鍋の具として人気が高い。加工するのはコストがかかるため、値段も高くなるそうだが、マグロの捨てる部分を可能な限り少なくし、有効活用することがホクエイのポリシーだと言う。

正しい解凍方法で

 ホクエイでは、さまざまな冷凍マグロ製品を生産、販売している。ネタをシャリにのせるだけの手軽な握り寿司セット、刺身の盛り合わせ、重箱に盛り付けられた正月用の刺身重などもあり、どれも解凍して直ぐにそのまま食べられる。

 解凍のプロセスでせっかくのご馳走を台無しにしないため、おすすめの解凍方法を伺った。刺身になっているものは、基本的にそのまま冷蔵庫に6〜8時間入れておけば、良い状態に解凍されるそう。真空パッケージに入った冷凍マグロ柵に関しては、開封して空気に触れさせたうえで冷蔵庫へ入れる必要がある。空気に触れずに解凍すると、身が黒ずんでしまうためだ。また、鮮度の良い魚は、常温で急いで解凍しようとすると、身が縮んでしまうので注意が必要。死後硬直の前に冷凍されているため、急に解凍すると、そこから死後硬直が始まってしまい、味も食感も悪くなる。新鮮なマグロを美味しく食べるには、急がずゆっくり時間をかけて、である。

 昨年はロシアによるウクライナ侵攻を受け、世界情勢が不安定になり、燃料費は高騰、円安も進み、その後も物価高が続いている。豊洲市場でも昨年末にはマグロの価格が過去最高値になった。そんな中、ホクエイグループは昨年ウクライナへの人道支援として寄付金を送った。平和があってこそできるビジネス、と考える廣瀬社長の強い思いがあるという。

ホクエイグループ代表取締役 廣瀬健太郎氏
常務取締役 齋藤賢氏

 今年も高級マグロはますます高根の花になるかもしれないが、マグロを食べる機会があれば、漁獲から消費に至るまで完成された高度な品質管理と、安心して食卓を囲める状況に感謝しながら、美味しく残さず頂きたい。

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≪取材協力≫
ホクエイ食品株式会社
住所: 〒135-0061 江東区豊洲6-5-2 中央卸売市場内加工パッケージ棟105
TEL: 03-6636-0343
URL: https://www.hokuei-shokuhin.co.jp/

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