わらべ絵――懐かしい、遠い日の思い出

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『われは海の子』

海のむこうになにがある……作者のつぶやきとともに描かれているのは、一日一日が新鮮でまぶしかった幼い日の心の原風景。それが「わらべ絵」です。記者は、静岡県の伊豆高原に作者の喜田川昌之氏と奥様が運営するミュージアムを訪ねました。

子どもを描いたわらべ絵

 わらべ絵には、子どもたちを中心に懐かしい日常の一コマが優しいタッチで描かれている。その繊細で、柔らかい筆遣いの絵を見ていると、見る者の心の奥には、今となっては遠く思い起こされる自分自身の情景が無意識のうちにこみ上げてくる。ゆっくり時間をかけてこのミュージアムの絵を見ていると、なにかしら気持ちが落ち着いてくる。

『バラバラに』

 描かれている絵のほとんどが、子どもたちが友だちや家族と共にいる光景である。「私たちはかつて自然の中で木や草花や虫などを相手に、遊びを作り出していました。当館に並ぶ作品は、ほとんどが『遊び』を題材にしています。昔も今も、その瞬間、子どもたちは、のびのびと、いきいきとしているからです」と喜田川氏。

心の奥にあるわらべ心

 わらべ絵はどちらかというと子ども向けに描くのではなく、むしろ大人の心の中にある「わらべ心」を描いている。

『ケンケンパケンケンパ』
『かくれんぼ』

 わらべ心は心の一番奥にある。誰にも子どもの時代があり、大人になっても心の片隅に、子どもの頃に時間を忘れ夢中になって遊んだことや、日常歌っていた歌をふと思い出す。その思い出は時間を超えて懐かしく、忘れられない。

思わず童謡を口ずさむ作品

 童謡を題材にした作品が並ぶ部屋がある。幼い日に歌ったことがある方なら、曲の旋律が、昔誰とどこで歌ったかの思い出と共に浮かんでくる。思いがけず口ずさむ来館者も結構いて、シニアの女性グループが合唱することもあるそうである。

『赤とんぼ』
『虫のこえ』

 喜田川氏は童謡を歌いながら描く。童謡は季節との結びつきが強い。「子どもの歌は、歌っているうちに昔目にした光景が次々浮かんでくるのです」

漢字から膨らむイメージ「感字絵」

『道』
『里』

 感字絵は、漢字と組み合わせたわらべ絵である。1つの漢字を描き、その文字が持つ意味を味わいながら、漢字の形をもとに、思い浮かんだ子どもたちや動物の姿を登場させているものである。「描き始めると、子供たちが勝手に動いていきます」。仕上げた作品を見ると、作者自身が不思議な思いをすることがよくあるそうである。

『雲』
『遊』

 中華圏・韓国からの方はもちろん欧米人も、漢字と子どもたちが溶け込んだ感字絵に興味を引かれている。特に、雲の上に龍(ドラゴン)が上がっていく『雲』をじっと鑑賞する方が多いという。

子供たちの純粋な姿が原点

 喜田川氏は、若いころは新聞に載せる社会風刺の漫画を描いていた。社会のためにと思ってやっていたが、単なるうわべのことを茶化すようなことに思え、やっていて楽しくなくなってきた。“絵になるものはないか”と題材をあさる日々が続いた。ある事故を取り上げた絵が受賞したことがあったが、他人の不幸を揶揄(やゆ)するようなことがむなしくなっていった。

『ワタシはタワシ』
『たき火』

 学生時代にボランティアの交流事業で田舎に行った。子どもたちの前で描いてあげた漫画を見るときの素直な目の輝きが喜田川氏を変えた。子どもが持っている素朴な、ときにいたずらをしながら遊んでいる姿がとても純粋に見えた。その後もアパートの自室や全国各地で続けたお絵描き教室での子どもたちとの出会いを重ね、そのときに受けた感動、心に残るものをなんとか表現したいと思い、この道に入っていった。

岩絵具(いわえのぐ)の墨彩画

 描かれているのは麻紙(まし)という、日本古来の和紙の一種。絵の具は、天然の鉱物を粉末にした岩絵具を、動物から抽出した糊状の膠(にかわ)で溶いて使っている。最初に細い筆で輪郭をとるときに使っている墨は松煙墨(しょうえんぼく)である。松を燃やした煤(すす)を練って作られた墨には、かすかに紫がかった深みがある。

『あした天気に』
『ヤマザクラ』

 日本画のように下書きはせずに、一発勝負で描き上げていく。油絵のように描きながら色を調整することはできない。思うように表現できないときは、最初からやり直す。色の境目をぼかしている部分には、長年の経験から身につけた絵の具の調合と筆遣いの技巧が発揮されている。

外国人でもわらべ心は同じ

 来館者に見てほしいところを館側からあえて言うことはない。「言わなくても皆さんはこの絵の中、絵の世界、子どもの世界に入っていきます」と奥様。「この絵を見て何が描かれているのか分からないという方はいません。“こういうことをよくやったなあ”などと感じながら、見ただけで自分の昔に戻れます」

『すいか、かんな…』
『コロコロコロリ』

 外国人の遊びや行事が違っていても、わらべ心は万国共通のようである。奥様は外国人にも童謡を歌ってあげている。自国にはないメロディーを聞けて、とても喜んでくれる。スマホの翻訳アプリを駆使して説明し、質問にも答えている。ご夫妻は外国語は全然できないが、外国人と直接触れ合いながら、心が通う国際交流に一役買っている。

 時にはいろりを囲んでお茶を頂きながら、作者からお話を聞くこともできる。わらべ心の世界に浸るには、時間のゆとりをもって訪問するのがおすすめ。閑静な中で耳を澄ませば、きっと子どもたちの声が聞こえてくるだろう。

ミュージアム情報
 閑静なエリアにあるミュージアムは、喜田川氏が育んできたイメージが形になったものである。湿度の調整に役立つ珪藻土(けいそうど)の壁の色はいろいろな色を合わせたもので、どの絵を架けても調和がとれる色になっている。入り口が丸みを帯びたアーチ状になっている展示室は、コルクと畳の床と相まって、穏やかな癒しの空間。展示空間も含めて「作品」と言えそうである。

喜田川昌之 わらべ絵館     
静岡県伊東市八幡野1208-59
伊豆急行 伊豆高原駅から徒歩7分(500メートル) 無料駐車場あり(5台)
開館時間 10:00~17:00
休館日 火・水曜日(祝日、春・夏休み、正月は開館) 冬期休館日12月1日~31日
入館料 大人(高校生以上)700円 小人(小・中学生)400円 シニア(70歳から)500円
電話番号 0557-54-7011
URL http://warabeekan.c.ooco.jp/
ペット可 館内バリアフリー 季節ごとに展示作品は入れ替えられます

土蔵の趣のある外観。落ち葉が多いので雨どいを付けられず、屋根の曲線は落ち葉を直接地面に落とすようにしている
喜田川昌之氏

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