魅せるオシャレは足元から! 〜足袋の老舗、大野屋總本店を訪ねて〜

魅せるオシャレは足元から!
〜足袋の老舗、大野屋總本店を訪ねて〜

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 浅草や鎌倉などの観光地を着物姿で散策する若者が多く見受けられるようになった。着物レンタルも盛況のようで、日本の若者の間でも和装がオシャレだという認識が高まっているようである。
 和装の際、足元に着用するのは靴下ではなく「足袋」。靴を履いてしまえば足首以外見えなくなる靴下と違い、足袋は草履を履いていても常にほぼ全体が見えていることを考えると、和装のトータルコーディネートにおける足袋の重要性はとても大きいのである。

 日本の伝統芸能である能、狂言、歌舞伎、日本舞踊などでは、ステージの上でも履き物を履かず、足袋姿でパフォーマンスを行うことが多い。これは、履き物を脱いで床や畳に上がる習慣のある日本ならではの独特な文化である。足袋は見られることを常に意識されねばならない。

 そんな「見られる足袋」を、創業以来、一つ一つ丁寧に手仕事で作り続けている老舗「大野屋總本店」を訪ねた。東京都中央区新富町の通り沿いで一際(ひときわ)目立つ、風情のある本店は築100年近くになる木造建築。1770年代から三田で薩摩藩の装束の仕立て屋をしていた大野屋はその後、江戸末期の1849年に現在地に移転して足袋専門の製造販売店になった。お話しを伺ったのは代表取締役、福島茂雄氏。七代目店主として自らもこの本店2階で日々、足袋を作っておられる。

 1階の店舗で見せて頂いた足袋は実に多様な色、デザインでその美しさにため息が出る。現在の足袋の素材は綿、絹、麻などであるが、平安時代には、足の保護、防寒用に鹿皮で作られることが多かった。また、当時の貴族が履いていたのは草履ではなく、現在の「ぽっくり」やスリッパのような履き物であったため、親指とその他4指の間が分かれていなかった。

 その伝統を受け継ぎ、今も神社での式典、雅楽などでは親指が分かれていない、足先の丸い足袋が使われる。素材は「羽二重」という、柔らかく軽く光沢のある最高級の絹。足首の部分を紐で結んでいた古来のスタイルそのままに作られている。

 歌舞伎、能、狂言、舞踏などの役者が着用する足袋はどれも、洗練された色、型、デザインである。鮮やかな色と独特な型で目を引くのは、歌舞伎のヒーロー「助六」や、弱きを助けて強きをくじく侠客(きょうきゃく)「奴(ヤッコ)」が履く足袋。足首の部分が浅く大きく抉れ(えぐれ)ているのが特徴。役者が座ったときに足の形が横長に見え、力強いキャラクターを演出する効果がある。「たまご色」と呼ばれる黄色の足袋は、伊達男、助六の足袋らしく、なんとも粋である。

助六の足袋
奴の足袋

 歌舞伎の時代物で、強い侍を演じる役者が履くのは、緑生地にトンボ柄の足袋。トンボは前にしか進まないことから、「後退(あとずさ)りしない」強さの象徴。「勝ち虫」とも呼ばれることから、戦う侍にとっての縁起物でもある。緑色は、鹿皮で足袋を作っていた時代に、皮を柔らかくする加工を施した際に出る色だったのだそう。

 皮を柔らかくするのに、糸でグルグル巻きにする加工法もあった。
 狂言の舞台を見たことがある方なら、この薄い黄色の足袋に見覚えがあるかもしれない。能は白足袋だが、狂言足袋は黄色。だがよく見ると白地に黄色の細い縞模様で出来ている。これは、鹿皮の時代にグルグル巻きした糸目をそのまま綿の生地に再現しているためである。茶色は歌舞伎で使用されるもの。

 足袋の最も一般的な素材は綿。冬用にネル(フランネル)の裏地を貼り保温性を高めることもあるが、通常は綿のみで出来ている。狂言足袋は、一年中ネルの裏地を使用する。「すり足」の多い狂言では、裏地をネルにすることで柔らかさが増し、足がふっくらと見える効果もある。素材選びも「見せる足袋」の重要なポイントなのである。

足袋の構造

 基本、伸縮性の無い足袋は、靴下とは全く異なる構造で、親指側、外指側、足底の3つの型に裁断した生地を立体的に縫い合わせる。生地は表地と裏地を合わせたもので、足底は表地よりも強い「雲斎織(うんさいおり)」の生地を糊(のり)貼りし、周囲を縫い止める。

こはぜ

 足袋の足首の部分にある金具は「こはぜ」と呼ばれ、掛け糸にかけて留めることで足首を固定する。靴下には無い、足袋独特のものだが、「こはぜ」が無かった時代は、紐で結んで足首部分を固定していた。現在のこはぜの基本は4枚であるが、これも好みでいろいろ変えられる。前出の「ヤッコの足袋」は2枚こはぜで足を大きく見せられる一方、京都の芸舞妓に人気なのは6枚こはぜのスタイル。基本より4cmほど足首部分が高くなり、足が小さく見え、立ち居振る舞いも美しく見える効果がある。「こはぜ」は足袋の足元を演出する上で重要な存在なのである。

美しく見えるポイント

 顧客一人一人の好みに合わせてフルオーダーで足袋を作る大野屋總本店には、大量の型紙が保存されていた。誰もが知る有名人の型紙も数多い。オシャレな人達はそれぞれ足袋にこだわりがあるようで、1人で複数の型を持つ顧客も多い。座っている時間が長い場合はゆったりめ。15分間の舞踏用には、美しく見えることを最重点に、キツめのピッタリサイズ、など、用途やシーンによって使い分けている。「履き心地」と「見栄え」のバランスも重要。大野屋總本店のオリジナルである「新富型」の足袋は、足底部分の幅を狭く、足底の上にある足を包み込むように作ってあるため、立ち上がった時にスッキリ見えるのが、オシャレな顧客に人気が高い。

 福島氏に、足袋を履いたときに美しく見えるポイントは?と伺うと、つま先がピッタリ合っていること、とのこと。つま先は、正面から見たときに着物の下から出る、一番目立つ場所。職人にとっても、つま先を縫うのは難しく、高い技術を要する。
 また、大野屋總本店ではほとんどの足袋を綿を中心とした天然素材100%で作っている。その理由は、ポリエステルなどの化学繊維だと、履いている際に静電気が起きて着物のスソに汚れが着いてしまう可能性があるから。メインの着物を美しく保つことも、足袋の大切な役割のひとつなのである。

 本店2階にある工場で足袋の製作を見学させて頂いた。

動画:福島氏が生地を裁断する様子
https://youtu.be/TZr8HkbTcfk

 福島氏が実際に目の前で、生地を裁断して見せて下さった。裁断機の前に座ると、表地と裏地を合わせた生地に型紙を乗せ、繊細なカーブに沿って裁断していく。あっという間に一足分が出来上がり、これに「こはぜ」を付け、ミシンで縫う工程へ。

 奥からコンコン、コンコン、という音が聞こえてくるのは、足袋を叩いている音であった。縫製まで全て裏返しの状態で作業が行われていた足袋を表に返し、木型に被せて、縫い目の部分を木槌とヘラで叩いて潰していく。これは、固い縫い目の部分が肌に当たって痛くならないように、足袋の履き心地を左右する重要な作業なのだ。その後、アイロンがけをして仕上げる。全ての工程が手作業で、ここで働く職人5人で1日に仕上げられる足袋は70足ほどだそう。

足の形の変化

 これまで様々な人の足に合わせて足袋を作ってきた福島氏は、最近の若い人たちの足の形が変化してきていることに気付くそう。昔に比べて、足幅が細く、縦に長い人が増えているとのこと。生活様式の変化によるものなのか。
 また、世界的に有名なバレエダンサーの足袋を作った際に、その独特な足の形に驚いたことを語ってくれた。親指が大きく、土踏まずが深く抉れていて、まるでバレエシューズのような形だったそう。これもダンサーとしての長年の生活による変化なのであろう。
 役者の楽屋にまで行って、パフォーマンス直前まで足袋の微調整をすることもある、という福島氏。体重の増減によって足の肉付きも変化するので、まさに、衣装を合わせるように足袋も合わせるのである。

 フルオーダー以外に、大野屋總本店では既製の足袋も製造販売している。足の長さは5mm刻みで、4種類の型から自分の足型に1番合うものを選べる。老舗らしく、既製品のメニュー表も木板で、江戸時代に足のサイズを測る単位として使われた「文(もん)」と、センチメートルとの換算表になっている。ちなみに、江戸時代の1文は、一文銭の直径と同じで、2.4cmにあたる。24cmの足は10文、という具合。4種類の足型のメニューは、それぞれの足型に「牡丹(ぼたん)」「梅」「柳」「細」という名前が付けられている。お客様に恥ずかしい思いをさせないよう、「お客様の足形は、特別な甲高でございます」と言う代わりに、「牡丹でございますね」などとお薦めするという、細やかな気配りが今もされている。

 既製品を製造するようになったのは、大正時代のこと。当時の日本人の装いは着物が一般的で、足袋の需要も多かった。それまでは「あつらえ」であった足袋も、ミシンの導入により大量生産が可能になり、作り置きができるようになったのだ。その場ですぐに買えるようになったことで、足袋の販売量も増加した。

 昔は都内にも、また全国的にも足袋の専門店が数多く存在したが、着物を日常的に着る人口が減るにつれて減少。現在でも行田市や徳島県などは足袋の生産地として知られるが、東京都内の足袋の生産販売専門店は数えるほどしか残っていない。
 しかし、大野屋總本店を訪ねて、着物の魅力が世代や国境を超えて広まる今こそ、足袋の魅力にも注目してほしい、と思った。

 普段、足袋に馴染みの無い人向けに、大野屋總本店では、こはぜの代わりに、踵(かかと)部分にゴムを通した足袋も販売している。大変カラフルで洋装にも合わせられそう。靴下感覚で、気軽に足袋をファッションに取り込めるのではないか。
 結婚式など正式な場所では白足袋を履くのがマナーであるが、それ以外では足袋のチョイスは自由。福島氏も、「いろいろな柄や色で遊んで頂ければ、、、」と控えめに述べられていた。

≪取材協力≫
大野屋總本店
住所:〒104-0041 東京都中央区新富2-2-1
TEL:03-3551-0896
URL: https://www.oonoyasohonten.jp/

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