日本の文房具の深い沼

日本の文房具の深い沼

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 元々は書いたり、切ったり、貼ったりするための道具としての文房具。これまでは実用性を追求する文房具が注目を浴びがちだったが、かわいい文房具やおしゃれな文房具、便利な文房具がたくさん登場しており、もともと文房具に興味がなかった人からも注目を浴びている。最近日本では「文具沼にハマる」と言われ、文房具専門の本や雑誌が出版され、文房具好きが集まるクラブも登場し、もはや趣味の域だ。そういう方々のおかげで文房具がさらに充実していき、日本には愛すべき文房具がたくさん存在する。

 そしてその文具への愛は一部の海外の方にも感染しているようだ。最近は文房具好きが高じて日本に来る方もいると言う。確かに最近大きな文房具店に行くと海外からのツーリストらしき方がショッピングを楽しんでいるのをよくお見かけする。

 外国の方に人気があるという東京の文房具店Cute Things from Japanを訪ねた。

 店主の高尾章子(たかおあやこ)さんは若い頃からずっと海外文通をしていらしたそうだ。当時海外のペンパルが日本の文房具が買えない状況だったため、日本国内のオンラインショップを紹介しようと思っていろいろと探した。しかし英語で販売しているお店がなく、海外発送しているお店でも対応は日本語だけで海外の方には買い物しづらかったので、10年前の2014年に英語で文房具を販売するオンラインショップを始めた。
 「今はアメリカを中心に日本の文房具を取り扱うショップや実際の店舗も増えてきているので、この10年で日本の文房具熱が高まってきているなという実感はあります」

 なぜこんなに日本の文房具が注目を浴びるようになってきたのか? 高尾さんご自身もカナダに住んでいたことがあり、その違いについてこう語る。海外では文房具を売っている場所が少なく、あったとしてもスーパーやオフィス用品を売っているところの一角に必要最小限のものしか置いていないことが多いそうだ。日本の文房具店のように一カ所でいろりろなカラフルなものが集まって空間を演出するような形の品揃えというのがない。日本ではオンラインショップであっても、見たときにカラフルでワクワクするような色合いやデザインのものが多いので、かわいいというのから入ってくる人が多い。元々日本のことが好きで入って来る人も多いので。こけしや招き猫、柴犬などの日本的なデザインのものも人気だそうだ。

 日本好きの方の中で文房具が好きな方は多い。逆に、文房具が好きでそれを通して日本が好きになる方も多いそうだ。「元々はオンラインだけで、実店舗を開ける予定はなかったんですけれども、オンラインショップのお客さんで日本に来られる方が多くて、『お店はどこですか?』と聞かれることが増えたので開けたという形です。文房具が好きっていう方と、日本が好きっていう方はけっこうかぶっているのかなという印象です」。元々英語オンラインショップでファンになったお客様が多いので、店舗に来られるのも海外からの方がほとんどとのことだ。高尾さんに特に海外の方にどのような文房具が人気かを伺ってみた。

日本の手帳、特に『トラベラーズノート』と『ほぼ日手帳』が人気

 日本の文房具が好きな方でもおおまかに分けて2タイプあって、万年筆やペンなどの筆記具から日本の文房具が好きになる方と一般的な文房具が好きな方がいるそうだ。筆記具から日本の文房具を好きになる方は、万年筆やペンとノートを使う方が多く、あまりシールやマスキングテープを使わない。一方、一般的な日本の文房具が好きな方は、けっこうな割合でトラベラーズノートかほぼ日手帳を使っている方が多く、この2つの手帳をデコレーションするためにシールやマスキングテープ、ハンコなどの文房具を買う方が多いということだ。「トラベラーズノートのショップが中目黒にあるので、この間もツアーでいらっしゃったアメリカの方たちも午前中ここへ来て買い物をして、トラベラーズノートのショップがお昼から開くので、この後トラベラーズノートへ行くんですという方が多いです」

日本発のマスキングテープブーム

 日本国内でも大人気のマスキングテープだが、こういったデコレーションに使われるカラフルなものは日本が発祥とのこと。元々岡山でハエ取り紙などを作っているカモ井加工紙(kamoi-net.co.jp)が工業用で、色を付けたくない場所に貼るマスキングテープも作っていたが、文房具が好きな女性3人組が会社に談判して、もっと色の違う、いろいろな色のマスキングテープを作ってほしいという要望から商品化が始まったそうだ。「デザイン商品としてのマスキングテープはカモ井加工紙が最初といわれています」。現在は世界的にも大流行。英語ではWashi tapeと呼ばれ、さまざまな色や柄のマスキングテープがある。

そえぶみ箋

 美濃にある古川紙工という会社が、若い人達に和紙を手に取ってもらいたいと作っている小さな封筒と便箋のセット。ちょっとしたお礼やプレゼントのときに添えるものとしてたくさんの種類が出ている。「ちょっとしたお手紙を和紙で、ということで海外でも人気の商品です」

ツバメノート

 ツバメノート(tsubamenote.co.jp)はノートの紙から特別だ。北海道の製紙工場で、水温や水中のバクテリアが紙づくりに影響するため何月から何月までの水しか使わないなど、大変こだわったツバメ中性紙フールス*を使ってノートを作っているそうだ。そして今では日本に1台しか残っていない罫線を引く機械で罫線を引いている。「よく見ていただくと罫線がまっすぐではなくてちょっと揺れているんですよね。昔ながらの罫線を引く機械があってそれを使って、そこに紙を職人さんがシュッと入れて、さっと出すんです」。一般的なノートの罫線は油性のインクでオフセット印刷されているものが多く、そうすると水性インクの万年筆の線をはじいてしまったりするが、これはそういうことがないように水性のインクで罫線を引いていて、書くことを邪魔しないそうだ。「こういった昔からある、古いいいものを作っているメーカーさんが日本にはいっぱいあるので、そういった歴史とかストーリーと一緒に紹介したりできるっていうのが日本の文房具の強みかなって思います」。

* ツバメ中性紙フールス:フールス紙は筆記専用の紙として開発されたもので、ツバメノートでは「ツバメ中性紙フールス」として、北海道の工場で製造。光に透かすと簀(す)の目が見えるのが特徴で、筆記特性は上質紙より良く、 鉛筆・シャープペン・ボールペン・万年筆でスムーズな筆記が可能。特に万年筆の場合、にじみにくく、裏抜けもしにくい

 日本は他の国に比べて文房具メーカーも多いのだという。ツバメノートのように自分たちのこれだ、というので勝負しているメーカーもあり、他のメーカーとの競争でより良いものをどんどん出していくという競争の原理も働いているので層が厚いそうだ。

 ノートも海外だとバラエティが少なく、ハードカバーのノートであっても中は単に横罫だけだったりするが、日本はデザインだけでなく、さまざまな工夫がされているものも多い。例えばリングノートは書くときに真ん中のリングに手が当たるが、そうしないようにあえて中心部分のリングを抜いているノートもある。このように工夫されているものがたくさんあるので、選ぶのも楽しく品揃えも多いので、自分にあった使いやすいものを見つけやすい。

オリジナル商品も

 前述のツバメノートとCute Things from Japanのコラボ商品もある。「(表紙イラストの)作家さんは去年サンフランシスコでの文房具イベントに出て、現地でワークショップもしました。今年も夏、ニューヨークに行ってワークショップを一緒にやります。そういった海外でのイベントも始まったりもしています。これまでは日本の文房具をオンラインで買うだけだったのが、実際に日本からメーカーさんや作家さんが行って直接、Face to faceで会えるというイベントがこれから海外で増えて行くと、より日本の文房具も身近になって、もっと人気が出るんじゃないかなと思います」

 日本の文房具の人気が高まると、さらにインバウンドが増える大きなポテンシャルもある。日本を好きになってもらう入口としても可能性が高い。

日本の文具沼へようこそ!

〈取材協力〉
Cute Things from Japan
住所 〒146-0091 東京都大田区鵜の木3丁目8−14
紹介した文房具は実店舗で購入できる。
オンラインショップ For your needs for Japanese craft supplies and planner items. – Cute Things from Japan (英語、海外発送のみ)

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