人とのつながりをものづくりに活かす

有限会社安久工機

代表取締役 田中 隆さん

 

世界でもトップクラスの技術力を有する中小の町工場が軒を連ねる東京大田区。ピーク時には、9,000を超えた工場が、受注先企業の工場海外移転による仕事の減少、後継者難などで工場を閉めてしまい、今ではその数が半分以下の約4,000に減ってしまっている。そんな中でも、独自のアイディアと人とのつながりを大切にした「横請けネットワーク」で躍進を続けている人工心臓の開発で有名な有限会社安久工機(やすひさこうき)社長の田中隆さんを訪ねてお話を伺った。

中小町工場の優れた技術を結集

>> 田中さんの大切にする「ものづくり」とはなんですか。

 うちの会社は昭和44年に父親が設立して以来、大企業の単なる下請けとはならずに、大手ではできない試作品や各種装置の設計・製作を行ってきました。
 試作・開発に伴う材料の加工では、金属から樹脂やゴムまであらゆる材料に対応しています。これが可能なのは、独自の優れた技術を持った50を超える協力会社(技術者)に仕事を請け負ってもらっているからです。私たちはこれを横請けと呼んでいます。

 私の役割は、技術と技術を結びつける「コーディネーター」、実際のところは、なんでも屋の「コンビニ」みたいなものですけど。
 クライアントと協力会社の両方に対して、思いやりというか配慮を忘れずに仕事をしています。時には、クライアントに対しても言うべきことは言いますし、協力会社からは積極的に意見をもらうようにしています。ものづくりに妥協はしません。

ものづくりとは使う人の身になって考えること

>> 安久工機の開発製品をご紹介ください。

 大学院を修了し安久工機に入社する前の5年間、国立循環器病センターで人工心臓の研究開発に携わっていました。それ以来ライフワークとして取り組んで開発したのが「機械式血液循環シミュレーター」という人工心臓の性能・耐久性や血液の流れなどを調べる試験装置です。これを使うことにより動物実験を減らすことができるんです。
 最近開発した商品で、視覚障害者の方に大変喜んでいただいているのが、筆記用具の触図筆ペン「みつろうくん」です。蜜蝋(みつろう)をインクとしているので、描いた線が盛り上がり固まることによって、手で触ってイメージを知ることができます。ほとんどの素材の用紙にも描け、消したければヘラで削れるので何度でも修正が可能です。

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 既に、一部の盲学校で利用されていますし、染織家の協力を得て触図筆ペンを使ったろうけつ染め(みつろう染め)的なものも試みています。
 面白い商品では、道路工事などの標識に使う「折りたたみ式カラーコーン」があります。使用しない時は折りたためるので、幅をとらずに車のトランクに積むことができます。
 ものは、使う人の身になって考え作ることが大切です。そして商品は市場で認められて、初めて良いものと言えるのです。

異文化交流でリフレッシュ

>> オフの時は何をされていますか。

異文化に興味があるので、ホームステイのホストをしたり、自分が海外に行った時は一般家庭にステイをして、その国の文化や習慣などを深く知るようにしています。

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以前、メキシコはカマルゴという北部の町にホームステイをしたときの話ですが、ホストは中年のご婦人で、先方に送った私の調査書に「アルコールが好き」と書いておいたところ、「100年」と言う名のテキーラを2本、用意してくれていました。1本はステイ中に飲んで、もう1本は持って帰りなさいと。
 断水はあるし、停電はあるわで、日本と比べるとインフラはまだまだですが、住んでいる人たちはすごく楽しそうで生き生きとしていました。
 便利で何でもそろっている日本と、不便なことが多いが人間性が豊かなこの町とどちらが幸せなのかと、考えさせられました。

たかが町工場、されど町工場

>> 大田区の工場の今後と田中さんの抱負をお聞かせください。

 世界でも稀で優れた技術を持った工場が、まだまだたくさんあるので、そのノウハウを集結させてニッチなところで新しい製品を開発していくことだと思っています。
 個人的には、事業の傍ら町工場の裾野拡大のために、地元の小・中学生を相手に出張授業や工場実習などを行って、子供たちにものづくりの楽しさを伝えています。
 自分はものづくりが生きがいなので、死ぬまでこの工場で、ものを作り続けているでしょう。

<田中隆プロフィール>

1955年10月 東京生まれ
1982年3月 東京農工大学大学院工学研究科修了
1982~86年 国立循環器病センター研究所
人工臓器部 研修生
 人工心臓・血液循環シミュレーター等の設計・製作に従事
1986年   (有)安久工機入社
    顧客からの試作開発品、自社開発品の設計・製作
2006年   代表取締役に就任
2008年3月 早稲田大学理工学研究科生命理工学専攻
博士後期課程/単位取得退学

有限会社安久工機
http://www.yasuhisa.co.jp/

 

写真:君和田富美夫

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