日本の祈り 第2部 高野山

高野山は今からおよそ1200年前に、真言宗の修行道場として弘法大師空海によって開かれた高野山真言宗の総本山である。2004年7月には「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコの世界文化遺産に登録され、海外からの観光客も増大している。今回は高野山の魅力を、年1度の厳粛な儀式と宿坊という独特な宿泊施設を通してご紹介する。

花とろうそくで埋め尽くされる前夜祭

 弘法大師空海は835 年旧暦の3月21日に、高野山において入定(にゅうじょう)(断食の上永遠の禅定にはいること)したと伝えられている。本年は4月23日がこの日に当たり、22日の夜に前夜祭である御逮夜(おたいや)が催され、23日に旧正御影供(きゅうしょうみえく)と呼ばれる大祭が執り行われた。
 御逮夜は壇上伽藍*全てを使って行われた。午後6時になると、置燈籠(おきどうろう)で照らされた参道に、小さな花束とろうそく燈籠を手に持った一般参拝者が集まってきた。弘法大師の御影(みえい)(生前の姿を描いた絵)を祀る御影堂(みえどう)の周りは、参拝者によって供えられた花とろうそくで埋め尽くされた。
 御影堂の隣に位置する金堂では、詠歌と舞踊の奉納が行われ、大塔(だいとう)では東日本大震災の犠牲者を追悼する儀式も行われた。その他、壇上伽藍の全てのお堂でも読経の声が響き渡り、かがり火によるライトアップが各建物を温かく照らし出していた。1年に1度、この日だけ御影堂の内拝ができるため、それぞれの祈りを胸に参拝者は長い列を作った。

壇上伽藍*:弘法大師が密教の思想に基づいて創建した伽藍群の総称 

高野山にも見られる震災と原発の影響

 御逮夜でカナダ人のカップルに会った。震災と原発事故の影響で外国人観光客が少ないので少し話を聞かせてほしいというと「みんな神経質になり過ぎてごめんなさい」と謝られた。Mclean EdwardsさんとDawn Mairさんの2人は、名古屋での友人の結婚式に出席するために来日した。彼らは結婚式に参列した後、木曽路を回ってとても楽しかったという。「高野山も素晴らしいし、震災に関係する問題が全くないことが分かったので帰ったら友人たちに伝えたい」と言ってくれた。
 もう1組話ができたのはオーストラリア人のグループで「日本へ行くと言ったらクレイジーだと言われたわ」と笑った。「寄付もいいけど、実際に日本に行くことがサポートになると思って来たの。何の問題もなくてとっても楽しんでいるわ」とのコメントを頂いた。

雨中の厳かな法要に感じる歴史の重み

 23日の午前中は、法会の場所を弘法大師が今も瞑想を続けているといわれている御廟(ごびょう)のある奥之院*に移した。静かに石畳を濡らす雨の中、高野山の高僧たちは赤い長柄傘を手に列をなして行進した。そして御廟の手前にある燈籠堂において、弘法大師の日頃からのご加護に感謝する厳かな法会を営んだ。
 午後からは再度場所を壇上伽藍に移し、御影堂における献茶・献花の後、僧侶たちが読経と散華(さんげ)(供養のために花や蓮の花の形をした紙を散布すること)を何度か繰り返して2日間にわたる法会の幕を閉じた。

奥之院*:高野山信仰の中心地であり、最奥部の御廟では弘法大師が1200年の時を超えていまだに深い瞑想の中にあると言われている。一の橋から御廟までの2kmあまりの参道沿いには、戦国時代からの有名大名たちの苔むした墓石が樹齢千年を超える杉木立の中に並んでいる。

宿坊体験

― 四国遍路と高野山の関係をお聞かせください。

 四国遍路を結願(けちがん)すると、無事に旅を終えたことに対するお大師さまへのお礼参りと報告の意味で、多くの方が高野山を訪れます。ただ、そうしなければならない決まりがあるわけではありません。また、遍路を始める前に道中の無事をお願いに来る方もいらっしゃいますね。

― 世界遺産になって普通の観光客も多いと思います。最近の傾向はいかがですか。

 元々日本人の場合、供養や祈願に来られる方が多く、外国人は日本文化に触れたいと思って来られる方が多いです。日本人で最近多いのはパワースポットであるとの宣伝文句に乗せられて来る人ですが、個人的には奇跡を求めて宗教に近づくのは違うと思っています。頑張っているときに信じるものがあると奇跡が起きることがある、というように考えていただきたいですね。外国人については震災・原発事故以来当院でも1,000名近くのキャン​セルがありました。高野山には何の問題もないことが、まだ分かっていただけてないようです。

― 宿坊体験で何か問題があるとすれば何でしょうか。

 仏教における曼荼羅(まんだら)思想は仏・人・動物など一切差別しない寛容な宇宙観を持っています。宗教で言えばどの宗教も人の心を救うものであることは同じです。真言宗は他を尊重する考え方が強いので、宗教的な問題はないと思います。
 当院は純和風でお寺らしくあることを心掛けていますので、ホテルのような快適さは重視しておりません。例えば戸に鍵がかからないとか、朝シャワーを浴びられない(笑)などを不満に思われる方は、宿坊協会に希望をはっきりおっしゃっていただければ、対応できるお寺さんを紹介してくれます。

― 外国からのお客様は、宿坊で何を喜ばれますか。

 日本文化を求めてこられるので、お寺の純和風の部屋に泊まられるだけでも喜ばれます。当院では阿字観(あじかん)瞑想法という真言密教の瞑想法を体験していただくことができます。また、毎朝6時半から本堂で読経を行い、7時から毘沙門堂で護摩(ごま)を焚きます。特に護摩焚き祈祷(きとう)は外国の方に人気があり、宿泊される外国人はほぼ100%参加されます。
 お食事は本格的な精進料理をお出ししています。修行僧の料理というよりは、お寺で振舞いをするときの料理なので比較的に豪華です。肉類は一切使っていないので、宗教的な制限食・ベジタリアンミールを希望される方にも大変喜ばれています。

■ 高野山真言宗総本山金剛峯寺
URL: http://www.koyasan.or.jp/

■ 高野山観光協会・宿坊組合
URL: http://www.shukubo.net/contents/

■ 高野山恵光院
URL: http://www.ekoin.jp/index.html

■ 高野山異文化交流ネットワーク
URL: http://www.koyasan-ccn.com/japan/kccn-j.html

 

写真:君和田富美夫

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