陶芸の里「笠間」を楽しむ ~陶炎祭(ひまつり)~

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 茨城県笠間市は東京から最も近い陶器の生産地だ。今回はその陶芸の里「笠間」が、1年で最も賑わう陶芸のお祭り「陶炎祭(ひまつり)」を中心に、この地域の魅力と楽しみ方をご紹介する。陶炎祭は毎年ゴールデンウイーク(4月29日~5月5日)に開催される陶器市で、笠間に窯を持つ陶芸家や陶器製造会社の多くが出展する。茨城県陶芸美術館や茨城県立笠間陶芸大学校がある「笠間芸術の森公園」の自然豊かな環境に、2022年度は200を超える窯元がテントを張って参加し、訪れる人も老若男女を問わず、家族連れやペットを連れた人まで、好みの陶器探しを楽しんでいた。

●陶炎祭会場動画https://youtu.be/NCZI_Tkr0EU

笠間焼とは

 陶炎祭(と書いて「ひまつり」と読む)に行って驚くのは、各窯元の陶器が色も形もデザインもバラエティーにあふれていることだ。その種類の豊富さは、あれもこれもと目移りするほどで、私のように陶芸が趣味というわけではない素人にとってもワクワクするものがある。しかし、楽しんでいる内に、ところで笠間焼とは何だろうという疑問も湧いてくる。その疑問に答えてもらおうと、窯元を訪ねてみた。
 「東風舎(とうふうしゃ)」は夫婦、息子、娘の家族4人で作陶している窯元で、奥様の須藤陽子さんにお話を伺った。東風舎の歴史は、まず1973年にご主人の須藤茂夫さんが、笠間市が産業振興のために陶芸家を誘致した地域に移住して築窯し、その後1982年に陽子さんと結婚して東風舎を立ち上げた。その地域は現在「陶の小径(こみち)」として、多くの陶芸家が窯を持つ笠間の名所となっている。そのような環境に育った子供たちも、今は陶芸家として自分の理想の作品を目指して作陶に励んでいる。
 なぜ笠間を選んだかと伺うと、県や市が積極的に陶芸家を誘致していたこともあるが、笠間は他の産地に比べて自由な気質があり、外から移住して作陶しやすい環境だったという。笠間焼はこうでなければならないという縛りがない。また、東京から近く、東京で美術を学んだ陽子さんなどにはそれも魅力だった。
 工房を訪ねて感じたのは、家族4人の作品がそれぞれ個性的な点だ。目指すものは全く別々だという。モダンアート全盛期に美術を学んだ陽子さんは、造形的なものに惹かれるため、オブジェや陶画を得意とする。それぞれ目標は違うが、家族で作陶する良さは釉薬(ゆうやく)や土の性質などについては子供たちにもアドバイスができる点だそうだ。
 今後の目標を聞いてみると、海外進出はなかなか難しいので、コロナが収束したら外国人観光客にも笠間焼を知って欲しいという。EコマースはCreemaを使っていて、国内では30から50歳くらいの女性の顧客が多く、中国や台湾にも販売が可能だそうだ。

須藤陽子さんと息子の忠隆さん
陽子さん作の陶画

●東風舎作品の動画https://youtu.be/J0kp0SECmIs

伝統の継承と若い世代の育成

 小規模な作家系の窯元がそれぞれの個性を競い合う笠間だが、その歴史は江戸時代中期に始まる。18世紀の後半、名主であった久野半右衛門を訪ねた近江信楽焼(しがらきやき)の陶工が指導したのが始まりとされ、その後19世紀半ばには当時の笠間藩が久野家を含む6つの窯元を保護して発展した。
 その6窯の1つを祖父が譲り受けて、現在3代目という「奥田製陶所」の奥田達雄さんを訪ねて話を伺った。突然の訪問にもかかわらず大変親切に対応していただき、歴史ある茅葺きのギャラリーと、父親が50年前に作り自分も改良を行ったという立派な登り窯を見せていただいた。最大1350℃から上に登るにつれて200℃ずつ温度が下がる4つの部屋を持つ登り窯では、大中小の違ったサイズの陶器を1度に2000個ほど焼くことができるが、近年は大量生産ではなく登り窯の特色を活かした少数の作品を作っている。登り窯で作った作品を見せていただくと、釉(うわぐすり)を全く使わなくても、窯の熱と赤松の薪の灰だけで自然な色や柄が定着した何とも言えぬ味わいのある陶器だった。奥田さんが大切にする「土味(つちあじ)のある器」とはこのようなものかと勝手に想像した。
 奥田製陶所では、近年笠間市の若手陶芸家育成事業に協力し、笠間陶芸大学校の卒業生が修行を続ける工房とギャラリーを市へ貸している。若手の指導をするのかとたずねると、「窯焼きを指導することはあるが、作品には口を出さず本人次第」とのこと。ここでも1つのカラーに染めようとしない笠間の自由な気風が感じられた。

奥田製陶所の登り窯
登り窯で焼いた作品2点

●ギャラリーと登り窯の動画https://youtu.be/oMPfLRN6nYc

ひとそれぞれの陶芸

原陶工房
 東風舎と同様、陶の小径に工房を持つ「原陶工房」の原純夫さんは神奈川県出身で、1972年から茨城県窯業指導所(現笠間陶芸大学校)で修業し、同指導所で学んでいた奥様の京子さんと1975年に窯を開いた。
 原陶工房では皿や茶わんなどの日用雑器を主に作っている。特徴としては、笠間の粘土を使いそれに白化粧土を塗って細工する作品が多いが、最適な表現方法として、絵付けやその他の細工に合う粘土を作るため他の粘土を配合することもあるそうだ。
 今回のテーマをお聞きすると、今年は白化粧土を塗るだけではなく、器の表面に流すことで自然な模様を付けたり、笠間の箱田地区産の鉄分を多く含む箱田石を使った釉薬を試みた(動画の中の黄色く写るマグカップやポット)ということだった。
 陶炎祭以外に笠間を楽しむ方法を伺ってみると、イベントとしては、毎年正月に開催する陶器市「彩(いろどり)初窯市」、10月に行われる地場産業と農産物の展示即売会「笠間浪漫」、そして11月の文化の日前後に陶器を中心としたクラフトフェア「陶と暮らし」などがあるそうだ。これらは全て陶炎祭の会場と同じ芸術の森公園内で開催される。同公園は自然が豊かで、陶芸美術館やショップもあるので、散歩をするだけでも楽しい。そういえばと、思い出したように「ここは常陸(ひたち)秋そばの産地でそばも美味しいです」と食の楽しみも教えていただいた。

原純夫・京子ご夫妻
白化粧に絵付けをした原陶工房の特徴的陶器

●原陶工房作品の動画https://youtu.be/A7ktCzbT5rY

やまさき陶苑
 次にやはり陶の小径に工房を持つ「やまさき陶苑」山崎雅宏さんの展示ブースを訪ねた。
 山崎さんは横浜出身で脱サラをして、先に笠間で修業をしていた父親の俊夫さんと共に1978年に窯を開いた。
 やまさき陶苑は今回取材した中では唯一笠間の土しか使わない窯元だ。土を混ぜることではなく、焼き方を変えることで陶器の色を変化させる技法にこだわりがあるという。笠間が栗の産地であることを意識して、釉薬に天然の栗皮灰を多く使用している。
 笠間の土は鉄分が多いため焼くと赤茶色になる。ところが、同じ土を酸素が足りない状態で焼く還元焼成(かんげんしょうせい)という手法を使うと黒みがかった色になり、逆に燃料が完全燃焼するだけの十分な酸素がある状態で焼かれる酸化焼成では、白っぽい茶色になるという。山崎さんはそう説明しながら、2つの違った手法で焼いた茶碗を比べて見せてくれた。
 また、今回は1つの陶器に酸化焼成と還元焼成を両方行う試みを初めて行ったという。

経済産業大臣指定伝統工芸士の楯
新作を掲げる山崎さん

●山崎陶苑作品の動画https://youtu.be/5GKiMvq3JUg

Keicondo
 200を超える陶炎祭の出店者の中でも、作品の見た目が他と大きく違っていてインパクトを感じたのがケイコンドウの陶器だった。
 笠間生まれのケイさんは、父親が陶芸家なこともあり幼いころから陶芸に触れることが多く、陶器づくりを当たり前のように楽しみながら育ったという。茨城県窯業指導所卒業後、JICA(国際協力機構)の青年海外協力隊に参加し、南米ボリビアで2年間陶芸を指導した。帰国後2010年に笠間で工房を開いた。
 シンプルなデザインの中にインパクトのあるケイさんの陶器だが、そのコンセプトを伺ってみると、「いつも同じで『食べ物を引き立たせるシンプルな器』です」と即答した。いろいろな陶器を見て自分の好きなものを見つけたのだという。
 笠間出身ということなので、陶炎祭以外に笠間のお勧めを聞いてみると、偶然なのか必然なのか、原さんと同様に「そば」だという。「笠間の陶芸家とほぼほぼ同じで、そば屋も東京方面から移住してきた人が多い。また陶芸作家みたいに癖のある人が多い」と言って笑った。そうと聞いて私は、次回笠間に来るときは笠間焼の器でそばを出す癖のあるそば屋へ行ってみたいと思った。

Keicondoは食べ物を引き立たせるシンプルな器を目指す

●Keicondo作品の動画https://youtu.be/MeqZkWtPyck

 笠間では江戸時代も現代も、行政が陶器づくりを地場産業として支援してきた。行政というとお堅いイメージがあるが、笠間にはそれぞれの理想と価値観を持った人たちが、地域の伝統に縛られることなく自由に自らの目標を追求することができる土壌があるようだ。それは笠間が陶器づくりに合った土を有するのと同様に、この場所が陶芸の里として発展をするためにとても大切な要素になっていると感じた。

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≪協力≫

東風舎
住所:茨城県笠間市笠間2192-3
TEL・FAX:0296-72-5205
e-mail: eastwind@s7.dion.ne.jp 

奥田製陶所
住所:茨城県笠間市下市毛45
TEL:0296-72-0717、FAX:0296-72-0744

原陶工房
住所:茨城県笠間市笠間2192-19
TEL・FAX:0296-72-5511
e-mail: haratoukoubou@bridge.ocn.ne.jp 

やまさき陶苑
住所:茨城県笠間市笠間2192-21
TEL・FAX:0296-72-6865
e-mail: ymsk6@kmd.biglobe.ne.jp 

Keicondo
住所:茨城県笠間市手越769-1
Instagram: https://www.instagram.com/keicondo 
e-mail: keicondo.com@gmail.com 

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