引き継がれる繊細な美「江戸つまみかんざし」

引き継がれる繊細な美「江戸つまみかんざし」

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花嫁のかんざし
くす玉

 今は遠い昔、七五三の着物を着て髪を結い、最後に美しいかんざしを挿してもらった瞬間の胸のときめきを今でも鮮明に思い出すことができる。かんざし一本でぱーっと華やかになった姿にうっとりした。
 それから母が大切にしまっておいてくれたかんざしを時々眺めては美しさにため息をついていた。古代より髪に挿し、魔除けの役割も果たしてきたかんざしの持つ美のパワーを感じ、今回は特に江戸から引き継がれ、現在東京都の伝統工芸に指定されている「江戸つまみかんざし」の世界を紹介したく「かんざし杉野」こと「杉野商店」を訪れ、三代目代表取締役杉野守(まもる)氏、作家として活動されている杉野聡子(さとこ)氏からお話をうかがった。

杉野 守・聡子さんご夫妻

つまみかんざしの魅力
 布をつまんで花びらなどを作りそれを組み合わせて作るつまみかんざしは、まさに小さな布の美のマジック。そして、これは日本独特の技術である。
 かんざしは他にもさまざまな種類があるが、つまみかんざしは七五三、成人式、結婚式など人生の節目を祝うハレの日のかんざしとして江戸時代から女性の髪を飾ってきた。全て手造りで一点もの。ふんわりとした優しい風合い、さまざまな色使いが和装独特の季節感が出せる由来である。和装は、デザイン自体はあまり変わらないが、季節により着物、帯、帯留めなどで色合わせを楽しみ、変化を出す。かんざしは仕上げの決め手。日本の美が凝縮された装飾品の一つとなった。舞妓さんが毎月かんざしを替えているのはよく知られたところである。日本人が大切にしてきた季節感をお座敷に添えるのは基本の趣向で、かんざしは特に象徴的な装飾である。

 歴史的には江戸前期、京都御所の女官たちが折り紙の技法を基に、着物の裏地や端切れを使って花飾りを作ったのが始まりとされる。それが江戸に伝わり、最初は高貴な女性の間であらたなファッションとして流行になった。浮世絵などにも描かれ、のちに町娘も好んでつけた。値段も手ごろで鮮やかな色の美しいつまみかんざしは参勤交代の武士が国への土産によく求めていた。江戸が環境にやさしい社会であったことは有名であるが、つまみかんざしは、着物を作ったあとの端切れで着物の柄とあわせたり、裏地を利用したりして、すでにSDGsの先駆けであったともいえよう。

七五三
成人式
成人式

繊細な技術
 羽二重という薄い小さな絹の布をピンセットでつまむ動作からつまみかんざしといわれる。
 まず裁ち包丁(たちぼうちょう)を使い裁ち板の上で正方形に裁断する。つまみは「丸つまみ」「角つまみ」がある。布のサイズで風合いが変わる。小さいものでは1センチ四方の布をつまむこともある。ピンセットさばきは職人の腕の見せどころとなる。これを組み合わせ、花、蝶(ちょう)、葉などさまざまなモチーフを作る。それを糊を張った板の上に植え付け、形づける。これを「つまみをふく」と言い、屋根をふくと同じ動詞を使うところが面白い。(実は伝統的なつまみかんざしがあまり現存していないのは、この糊のためである。糊は米原料で、虫や小動物にかじられてしまったのである)糊を付けたら、乾くのを数日待つ。難しいところは、むしろ出来上がったパーツをかんざしとして使えるようにするための組み立て作業である。パーツの配置、バランスで仕上げの見栄えが違ってくる。組み合わせで無限大の見え方ができるのも魅力の一つである。

丸つまみ
糊の上に並べる つまみをふく
丸つまみ(左)角つまみ(右)
花の形と布
糊と糊ごて

現代の楽しみ
 現代も、ハレの日の和装には欠かせないつまみかんざしは、若い世代の和装への関心が戻ってきたことにより、インターネットで購入も可能。着物体験で髪を飾る際にふれる機会も出てきている。一方、花街の芸者衆は、主にかんざしは「あつらえる」ことが多く、また先代より引き継がれたかんざしを修復しながら大切に使っている。
 近年の新しい取り組みとして「Arenca」の開発に成功している。かんざしはあえて組み上げずパーツごとにすることでアレンジが自在でボリュームの調整ができ、友達とシェアして普段使いもすることができるなど使い方の工夫をしている。生花のようなパッケージングはインテリアとしても楽しむことができるかんざしの新しいスタイルを提案した。これは2022年度の「おもてなしセレクション」で特別賞に輝いた。同シリーズは外国人の方々にも気軽に購入できるお土産としての魅力も広がっている。

Arencaシリーズ

花束(室内装飾)
パーツで使う
かんざしに
松竹梅
松竹梅
百花八重菊
百花八重菊

今後の挑戦
 最大の難関は少子化と職人不足。現在プロのつまみ職人伝統工芸士は高齢の方が多く、都内では10人以下。杉野商店では、杉野守代表取締役の奥様、杉野聡子さんが元々ネイルアーティストだった経験を生かし、2012年から2013年にかけてつまみの技術を師匠につき修行を重ねられた。現在作家活動を続けており、「匠 TOKYO2021」ではグランプリを受賞されている。結婚式にはかんざしのみならず、花嫁のブーケのように「くすだま」にすることもある。
 「かんざし杉野」はつまみかんざしの卸問屋であるが、守氏は江戸つまみかんざしを守り伝えてゆくことを使命と考え、ワークショップも開催している。地元の小学生の職業体験や教育機関担当者へのセミナー等、若い世代へのつまみかんざしの魅力の紹介に取り組んでいる。また、つまみ細工は女性だけの特権とせず、守氏は取材当日、男性のスーツに似合うつまみ細工ブローチを付けていらした。とてもスマートで美しく、やはり雰囲気が華やかになる。このような使い方が広がり、多くの人の目に触れてほしい
と思う。

紳士用ブローチ
花嫁のブーケ
花嫁のブーケ

 なかなか日常には触れることのない、つまみかんざし、つまみ細工ではあるが、意外と敷居は高くない。特別な道具を必要とせずピンセット1つで誰でも簡単に始めることができ、つまみ細工で絵を制作しクラフトとして趣味で楽しむ方も増えている。
 いつまで見ても飽きないつまみかんざしの美はまさに身に着けられる美術品である。
 これからハレの日だけでなく、形を変えつつも一人でも多くの人々の目に触れ、この日本の美を日常の生活に取り入れ、現在の職人さんたちの技を何とか次の時代に引き継ぐことができるよう願っている。

 「みなさま、江戸つまみかんざしは意外と近くにあります。ふんわりやわらかなお花、ほんとうにきれいですよ!」

≪取材協力≫
有限会社 杉野商店 https://sugino.business.site/
住所: 東京都墨田区向島3-20-7
TEL: 03-3624-6846 Fax: 03-3624-6848

動画: https://www.youtube.com/watch?v=hfqiwNnNiMs
リンク: http://arenca.jp

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