『田酒』 ~なぜ日本酒ファンを虜にするのか~

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 私は日本酒党である。酒全般が好きだが、何が一番好きかと聞かれると、少なくとも過去20年ほどは日本酒と答えてきた。雑誌で日本酒の特集が出ると、たびたび買うのだがほとんど読まない。酒の旨(うま)さを専門用語で解説されると、どうも読みたくなくなるようだ。「旨いものは旨い」自分が美味(おい)しいと思えばそれでよいではないか。そんな私が数年前に出会ったのが、青森県の西田酒造が造る『田酒(でんしゅ)~特別純米~』である。爽やかな口当たりだが、しっかりした個性があり、旨い。うまく説明はできないが、とにかく虜になってしまった。
 そこで今回、記者は大変勝手ながら、自分が日本一の酒と感じる『田酒』の美味しさの秘密を知りたくて、青森市内唯一の酒蔵西田酒造店を訪ねた。酒造りの工程も動画で紹介しながら、日本酒造りの神髄をご紹介したい。

 取材当日は西田司社長にお話を伺い、酒造りの現場をご案内いただいた。初めに記事の趣旨やタイトルをお伝えすると、西田社長は開口一番、「お客さんの中で、酵母は何を使っているかとか、マニアックなことを聞いてこられる方がいますが、そんなことは知らなくていいです。大事なのは飲んで美味しいか美味しくないかだけです」と笑いながら言った。何だか気が合いそうな予感がした。

西田社長のインタビュー動画
https://youtu.be/NOolSEle6kU

西田酒造店 西田 司 社長

精米に関するこだわりは?
 酒造りの工程の最初は精米。酒は精米歩合*¹で国税庁により品質基準が定められている。従って、特にこだわるところがあるとは思わなかったが、予想外のこだわりが聞けた。
 「精米の半分は委託していますが、残りは自分の精米機を使って、原形精米を始めています。ふつう時間的な効率を重視して米を球形に削りますが、特殊な精米機を使って米の形(原形)に合わせて削る方が、丸くない米の外側の不要な部分を正確に取り去ることができ、その内側のデンプン質を無駄なく有効利用できる。無駄がない分エコとも言えると思います」と西田社長は語った。

*1 精米歩合は精米の程度を示す比率で、米の外側を削った結果の比率なので、数字が小さいほど米の真ん中の純粋なデンプンだけを残す高度な精米である。吟醸酒が60%以下、大吟醸酒は50%以下と決まっている。特別純米酒は60%以下となっているが、『田酒~特別純米~』は55%まで削っている。

洗米工程でのこだわりは?
 少量での洗米にこだわる蔵もあるようですが、と取材前に雑誌やネットで勉強したにわか知識で話を切り出したが、見たことも聞いたこともない大型自動洗米機の話になった。
 「うちでは全自動ジェット水流洗米機を使っています。バッチ式という小ロットを機械と人間の手で洗う方法を、全自動にした機械です。普通なら3名の蔵人(くらびと、スタッフ)が必要なところ、機械のオペレーター1名で正確に、それも人力による手洗いよりもきれいに洗米できます」と満足そうな西田社長。その目は将来を見据えた自信に溢れていた。

酒造りの現場で見た洗米後の米は、眩(まぶ)しいほどに白かった。

洗米工程の動画 https://youtu.be/mgN-Lr91y88

蒸米工程でのこだわりは?
 OH式二重蒸気槽という近代的で、巨大な蒸窯を使って酒米*²(さかまい)を蒸している。蒸しあがった米は熱を放出する放冷機である程度冷まし、本来西田酒造ほどの大きな酒蔵であれば、効率を重視してエアシューターという装置を使う。ところが西田社長は近年この部分を人力に頼る方法に戻したという。「エアシューターを使えば、強力な冷風で米を飛ばし、太いホース通って放冷機から直接、酒を醸すもろみタンク*³まで送ることができます。この作業に必要な人員は0名です。ところが非常に長いホースを使うエアシューターを、100%雑菌フリーにすることは難しく、またエアーで一気に飛ばすため、タンク投入時の米の温度を厳密にコントロールすることができないのです。これを人力で行うと人手が5名必要で、労働環境的にも厳しいですが、旨い酒を造ることを優先しました」。話を聞くうちに私の中で、田酒が旨いのはただ自分の好みに合っているというだけではない、という確信が深まってきた。

*2 酒米は、日本酒を醸造する原料として使われる米で、正式には酒造好適米と呼ばれる
*3 もろみタンクは、蒸した酒米と水、それに酒母(小型のタンクで蒸米と麹(こうじ)と水に酵母を加えて培養させた酒の元)を3回に分けて混ぜ発酵させる醸造用タンクのこと。

白米は洗米後の宝石のような白さから、蒸されて命の温かみを与えられたような白に変わった。

蒸気槽から放冷機までの工程の動画 https://youtu.be/jMqpmtuO1tw

麹造り工程でのこだわりは?
 麹は蒸米に麹菌を繁殖させたもので、酒米のデンプン質を糖分に変える。麹菌にもいろいろあるが、西田社長は「詳細は必要ない」とのこと、私も賛同した。
 放冷機である程度冷ました蒸米を、麻の小袋に分けてキャスター付ボックスコンテナに収納し麹室*⁴(こうじむろ)へ運ぶ。蒸米はまず、部屋いっぱいに並んだ大きなテーブルの上に平らに延ばし、温度が一定になるのを待つ。その後麹菌を均等に散布する。しばらくして米を裏返し、更に麹菌を撒(ま)いてから布に包む。数時間後麹菌が混ざって固くなった麹米を大きなヘラで崩して細かくし、人の手で菌を揉み込むように混ぜていく。その後機械で段々に42℃まで温度を上げて麹菌を繁殖させる。出来上がった麹は温度を下げ、乾燥させてから、適切なタイミングで酒母やもろみタンクへ投入する。
 蒸米に麹菌を散布することを「麹を切る」と言う。西田酒造では以前、吟醸酒より下のグレードの酒(特別純米を含む)に対しては、放冷機の工程で麹を切っていた。しかし、現在は全ての酒について麹室で麹造りをしている。それはこの工程を非常に手間がかかるものにしているが、酒造りにとって大切な麹造りを全て吟醸酒並みに改善したのである。

*4 麹室とは麹菌を繁殖させるために高温・多湿で管理された部屋で、温度が約30℃、湿度が約60%に保たれている

酒蔵の他の場所とは違い、麹室は壁も戸も杉材で造られていて、神社の神殿のような趣がある。

放冷機から麹造りまでの工程の動画 https://youtu.be/qMSfOvXqqJI

酒母造りのこだわりは?
 酒母とは、日本酒醸造のために必要な文字通り酒の母で、蒸米・麹・水を用いて酵母を培養したもの。麹が米のデンプンを糖に変え、糖を酵母がアルコールに変えるが、酒母として培養した酵母が、以下に紹介するもろみを発酵させて日本酒ができあがる。
 麹や酵母にはいろいろな種類があり、西田社長の言われる通りマニアックな話になるのでここでは省略するが、それらの組み合わせでいろいろなタイプの日本酒を造ることができる。酒母を造る部屋の室温は低く設定されているが、微妙な温度調節のために、タンク単体で温度調節できる特注のサーマルタンクも使っているそうだ。

山廃酒母室のサーマルタンク

もろみ仕込み工程でのこだわりは?
 もろみ仕込みは、水に掛米*⁵(かけまい)を加えたものに酒母を混ぜて発酵させる工程で、もろみタンクをいっぱいに仕込み終わるまで、3回に分けて水、掛米、酒母を加えていく。こだわりは、30本ある全タンクが個別に温度調節できるサーマルタンクであり、蒸米のところで説明があったエアシューターを使っていないことだという。放冷機から出てくる蒸米を麻布で小ロットずつ受けて、冷風を送るホースを付けたキャスター付ボックスコンテナの上に平らに層をなして積み上げ、予定の温度に下がるまで待ってから、もろみタンクへ投入する。

*5 麹造りに使用する米を「麹米」、麹米にせず蒸しただけの米を「掛米」という

もろみタンクの部屋は、クリーンルームかと思うほど清潔で近代的だ。

放冷機からタンクへの投入・かき混ぜまでの動画 https://youtu.be/T_gvYBZjq-4

低アルコール酒についてのご意見は?
 日本酒はワインよりもアルコール度が高く、そのため飲みにくいという人もいる。最近は水で薄めるのではなくアルコールを多く産出しない方法で低アルコールを実現しているケースもある。この傾向について意見を伺うと、「日本酒の低アルコール化が流行りだしているのは知っていますが、リスクもあると思います。酒の中にピルビン酸が残って嫌な米の香りがしがちです。個人的には、酒は15~16度が一番旨いと思うので、自分が旨いと思うものを売りたいですね」と回答は明確だった。

搾り・ろ過工程のこだわりは?
 「発酵を終えたもろみを低温で搾る際に、搾られて出てくる酒が空気に触れると酸化します。酸化をできるだけ防止しながらタンクへ移すため、出口にホースをつけて、それをタンクの底から注入しています。そうすれば外気に当たらず泡立つこともなく酒をフレッシュなまま移すことができるからです」。そう聞いて思い当たった。田酒は口当たりが爽やかで、シュワッとしたフレッシュ感がある。低温で搾ると炭酸が抜けないとも聞く。

搾り機

 「ろ過については、大きい目のフィルターを使って、酒の旨味成分を残すようにしています」と納得の説明だった。残念ながら、取材の日は、搾り・ろ過の工程は行われなかった。

火入れ工程のこだわりは?
 「火入れの目的は、酒に悪さをして、味や香りを劣化させる酵素の働きを止め、微生物を殺菌して、酒質を安定させ保存性を高めることです。うちの蔵では、フレッシュな酒を瓶詰めし、貯蔵する前に瓶ごと65℃のお湯で低温殺菌します。これを『瓶貯蔵1回火入れ』と呼んで、生酒以外の全ての酒はこの方法で火入れします」。瓶貯蔵するため、30台の冷蔵コンテナと2000石(20万本)の大型冷蔵倉庫を備えているという。
 田酒は大吟醸・吟醸・特別純米などのグレードにかかわらず、ラベルに『要冷蔵』と書かれている。販売店にも冷蔵必須としているのか、以前からの疑問を聞いてみた。「その通りです。いくら火入れしても、外気温によって劣化します。冷蔵保存しない酒屋には卸していません」と明確なポリシーだった。
 残念ながらこの日は、火入れの工程もなかった。22年の新米を仕込んだばかりで、新酒ができるまでには、もうしばらく待たなければならない。

西田酒造が目指す「美味しい酒」とは?
 「私が目指す酒は、高度に精米された『キレイな酒』と旨味の強い『旨い酒』の中間です。精米歩合で言えば、40%と50%の間の45%ぐらいがベストだと思っています。米をたくさん削れば良いというものではない。米の外側のタンパク質部分に雑味がありますが、個人的には精米歩合55%以下になると、そのタンパク質部分が旨味に変わると思っています。あまりに削り過ぎてしまうと、デンプン質の甘みが勝り、タンパク質に含まれるグルタミン酸などの旨味成分が少なくなってしまう」
 それではいわゆる「フラッグシップ」は、西田酒造のどの酒かと聞いてみた。フラッグシップは本来「旗艦」という司令官が乗る船なので、転じて「最重要」であり、「最高品質」であり、「最上級や最高級」とも考えられる。少し考えてから、西田社長は「うちのフラッグシップはやっぱり特別純米ですね。いろいろな種類のハイグレードな酒は出していますが、いったいどれがうちの屋台骨かといえば、50年にもなるロングセラーのお酒が、生産量の5割を占め、今でもちゃんと売れているというのは、それがフラッグシップである証だと思います」と確信を持っていった。
 私個人にとっても、フラッグシップに乗船できたような、その日最も嬉(うれ)しい瞬間だった。

 2022年10月下旬のこの日、青森県は秋晴れで清々しい青空だった。その天気のようにスッキリした気分で、新幹線はやぶさに乗って帰途についた。もちろん、田酒の特別純米を両手に抱えて。

≪取材協力≫
株式会社 西田酒造店
住所:038-0059 青森県青森市油川大浜46
TEL:017-788-0007、FAX:017-788-2553
蔵見学、酒の試飲および販売はしていない

≪西田酒造店沿革≫
明治11年(1878年) 創業
昭和49年(1974年) 純米酒『田酒』新発売
昭和56年(1981年) 雑誌「特選街」うまい酒コンテストで『田酒』が日本一に選ばれる。
平成15年(2003年) 全商品を特定名称酒とする
                                       活性炭ろ過の廃止
平成30年(2018年) 全商品の1回火入れ化の実現

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