旭川市「旭山動物園」 「生命(いのち)」を伝える動物園

  旭川市「旭山動物園」

「生命(いのち)」を伝える動物園

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 旭川市旭山動物園は、日本最北の動物園だ。旭川市が人口31万人で北海道第二の都市とはいえ、冬の間は雪も深く、東京などの大都市圏からは遠い場所にあるこの動物園が、2004年の夏には月間入園者数が上野動物園を抜いて日本一となったこともある。「行動展示」と呼ばれる動物の特徴的な行動や能力を活かす工夫がされた展示方法が、その人気の秘密だという。ずっと気になっていたこの動物園の魅力を体験する機会を得たので、ぜひ皆さんにもご紹介したい。

行動展示
 元々「行動展示」という手法や言葉があったわけではない。旭山動物園の飼育員たちが「それぞれの動物本来の行動特徴や能力を来園者に見てもらいたい!」と考えて作った施設や展示方法が、いつしか「行動展示」と呼ばれるようになった。旭山動物園としては、このように能力を発揮できる環境に暮らす動物を通して、見る人に少しでも自然を感じて欲しいと願っている。

 行動展示の代表的な例として、世界最大のクマの迫力を間近で体感できる「ほっきょくぐま館」がある。見どころのひとつは、水族館の水槽のように室内からホッキョクグマの泳ぐ様子を観察できる巨大プールだ。毎日行われる「もぐもぐタイム」(餌やり)の際には、巨大なカラダでダイナミックに水に飛び込む様子や、素早く水中で方向転換を繰り返しながら餌の魚を求めて泳ぐ姿を目の当たりにして、満場の観客から歓声が上がる。同時に飼育員の解説ガイドがあり、ホッキョクグマの大きな体、小さな耳と短いしっぽは寒さ対策、小さい頭と長い首の流線形ボディーは泳ぐのに適していて、皮膚は太陽光を吸収するため実は黒く、白く見える体毛は保温のため中が空洞で透明なことなどを知る。また、力強く美しい体をしたホッキョクグマも、人間による温暖化等の環境破壊によって絶滅危惧種であることも教えてくれる。

動画「機敏に泳ぐホッキョクグマ」:https://www.youtube.com/shorts/fvxWcf4dtiM

 もうひとつの見どころは、別の放飼場の真ん中にポッカリ浮かぶように設置された、直径1メートルほどのカプセル型の観察窓だ。巨大プールで泳ぐホッキョクグマを地下1階で観察した後、1階へ向かう途中にあたかも海中にいるような装飾を施された場所があり、階段を上ってカプセルから覗くとそこには巨大なホッキョクグマがいる。シールズアイ(アザラシの目)と呼ばれ、氷に開いた穴から頭を出したアザラシの視点を体験することができる。ホッキョクグマの主食はアザラシなので、カプセルに首を出した人間をアザラシと思って近づいて来るかも知れない。

動画「シールズアイから見たホッキョクグマ」:https://youtu.be/ek3WsTNrsGA

 行動展示の典型例の2つ目はゴマフアザラシを飼育展示している「あざらし館」。屋外部分には木造の小さな漁船や、テトラポットが配されていて北海道の漁港をイメージしている。
 館内に入ると有名な円柱形の水槽「マリンウェイ」がひときわ存在感を発揮している。動物園の広報担当者の話では、アザラシが海上で呼吸をするため垂直に泳ぎあがる習性を考えて円柱状の水槽を作ったところ、狙いが的中し上下に真っ直ぐ泳ぐ特性を見ることができる展示となった。

動画「マリンウェイを垂直に上昇するアザラシ」:https://www.youtube.com/shorts/LEKn1XuEo0M

エゾヒグマとエゾシカ
 「えぞひぐま館」は2022年にオープンしたエゾヒグマにふさわしい立派な施設である。滝が豪快に落ち小川が流れる屋外放飼場は、大きなエゾヒグマにも十分な広さだ。見学通路とガラス1枚で仕切られた屋内放飼場では、エゾヒグマと数十センチの近さで対峙することができる。

動画「屋外のヒグマ」:https://www.youtube.com/shorts/zgnHUp53_uA

 (公財)知床財団の協力で設置したヒグマに関する解説看板は読みごたえがあり、ヒグマを肉食だと思っていた私にとっては目からうろこが落ちる内容だ。看板の情報によると、ヒグマは雑食だが解説によればほぼ菜食主義者のような食生活で、春は芽吹いた草や前年に落ちたドングリ、夏はキノコや虫、秋は冬眠に向けて果実や木の実を食べているという。死んだり弱ったりしたシカも食べるが、オオカミのように積極的に狩りをして肉食をする生活をしていない。昔北海道へ行ったお土産はサケをくわえた木彫りの熊だったが、実は知床のヒグマ以外はあまりサケを食べる機会がないのだという。展示の中にはヒグマとオオカミの頭蓋骨の比較があり、オオカミの犬歯の大きさに比べてヒグマは巨体の割に小さ目で、ドングリや草などを磨り潰すための臼歯(きゅうし)が人間のように発達しているのがわかる。

動画「ヒグマとの遭遇(屋内放飼場)」:https://www.youtube.com/shorts/W3WC7QveRG0

 1990年代に北海道が保護をする方針を決めたことにより、かつて5000頭ほどだったヒグマが現在約12,000頭に増加している。その上ヒグマが暮らしていた森が減少して、市街地への出没、人的・農産物的な被害がニュースに取り上げられ、害獣扱いされるというジレンマがあるという。

 同じ北海道の動物の中で、エゾシカは天敵であるエゾオオカミが人間によって駆逐されたことにより爆発的に増加し、今では害獣として年間10万頭以上が駆除されているという。そこで旭山動物園では殺処分されるエゾシカの肉を有効利用して、料理を提供する試みもしている。「ありがたく命をいただく」ということかと思い、私もエゾシカフランクをありがたくいただいた。これも命を感じるひとつの方法なのかも知れない。

チョット攻めた展示
 レッサーパンダは愛くるしく、どこの動物園でも人気者だ。旭山動物園の「レッサーパンダ舎」には、寝床のあるメインの施設から来園者が通る道を挟んで反対側の木まで、高さ3.5mの吊り橋が架かっている。野生では木の上で生活するレッサーパンダの能力を引き出し、活き活きした行動を見せるための仕掛けだという。それにしても3.5m下へ飛び下りれば「自由の身」になれるのでは? 「逃げないですか?!」と聞いてみると、広報担当者は「飛び下りるには危険な高さだと分かっています」と答えた。
 もうひとつレッサーパンダ舎で面白かったのは当日の「生うんち」の展示だった。肉食獣の体で草食なので消化する能力が低い、つまり食べたものがほぼそのままで排泄される。いかにも手作りのうんち展示ケースのフタを開けて写真を撮っていると、地元中学の遠足らしい女子学生が「生うんちだって!」と声を上げる。そこに男子学生が加わったので大騒ぎになった。この一件以来この日はうんちの話題に追いまくられることになった。

動画「地上3.5mの吊り橋」:https://youtu.be/9pv6XK1JioI

 ボルネオオランウータンが暮らす「おらんうーたん館」でまず驚かされるのは、地上17mにそびえる塔の大きさだ。動物園の方によると、危険なのではないかという意見もあったが、野性の環境では、もっと高い木の上で生活しており、滅多に地上に下りない動物だからこその展示だという。この日は運良く屋内施設と塔のテッペンを繋いだ雲梯(うんてい)の様な部分を、豪快に渡っていく姿を見ることができた。そしてフッと足元の看板を見ると「⇑ 頭上に注意!糞やオシッコをすることがあります」と警告がある。この様に自然な姿を見せていただく人間も、それなりにリスクを負っていることを忘れてはならない。

 シロテテナガザルの展示も高い塔のある施設で行われており、野性では枝から枝へ飛び移るスピードが時速60㎞とも言われるテナガザルが、それを見せてくれれば凄い迫力だろうと思う。今回は高いところに座って野菜を食べていたので、いつか見てみたいと期待している。動物園の担当者に聞いたところによると、サル類は頭が良いので飼育担当者もわざと餌を窓際へ隠したりして、退屈することがないようにしているという。そんな窓際に隠された野菜のカゴを見つけて、ムシャムシャと食べ続けていた。その下ではキョンがしきりにテナガザルを見上げている。看板には「同生息地だが樹上と地上に分かれ食べるものも違うので争うことはない」と書かれていたが、「アレッ、でもサルが落としたキャベツをキョンが食べたぞ」。気のせいかも知れないが、サルもキョンが待っていると気が付いて時々わざと落としているように見えた。サル類はやはり頭が良いのだろうか?

動画「シロテテナガザルとキョンの関係」:https://www.youtube.com/shorts/1y2gxKR_Rx0

伝えること
 旭山動物園の理念は「伝えるのは、命」であり、いろいろな方法で「命」とは何かを伝えようとしている。その手法のひとつで、各飼育員がこだわっているのが「手書きの看板」である。正直に告白すると、この記事は私個人が目で見たことに対する感想も書いてあるが、ほとんどの情報は各施設に掲げられている手書き看板の受け売りだ。そのユニークな手書き看板の中でも、ひときわ目立っているのが「かば館」と「きりん舎」をつなぐ地下にある立体看板群である。

 かば館は外と屋内の放飼場があり、特に屋内の地下部分では深さ3mのプールを軽快に歩き、泳ぐかばの雄姿を間近に観察することができる。かばの雄姿は動画でお見せすることにして、ココでは立体看板の例を2つ取り上げる。

 ひとつはカバの歯について、もうひとつはカバの顔の構造についてである。歯については、犬歯は他の動物を威嚇・攻撃する際に使うだけで、食物を食べる時には使わない。門歯は草などを地面から掘り起こす際に使い、臼歯で食べたものを磨り潰して体内に摂取する。
 また、カバの顔の構造は、耳・目・鼻が一直線に平らに並んでいるので、水面から少しだけ顔を出すだけで、全ての機能を発揮することができると分かり易く説明されている。

動画「水中を軽快に動くかば」:https://www.youtube.com/shorts/2KHxCbIWgjg

 きりん舎では、背の高いキリンを頭の高さから間近に観察したり、かば館の地下でキリンの足元から見上げたり、外周のフェンス越し、木々の間にたたずんでいるのを見ることもできる。キリンの模様は個体ごとに違い生涯変わらない。オス同士喧嘩をする際はネッキングという首をぶつけ合う行動をとる。頭は成長と共にゴツゴツしてきて、これはネッキングの際に有利だと言われており、旭山動物園のオス「ゲンキ」もアップで写真を撮ると顔がややゴツゴツしている。

 きりん舎の説明看板も絵が上手くとても分かり易いが、キリンと同居しているホロホロチョウの看板を読むと、いい塩梅に力が抜ける(つまり笑える)。

ボルネオへの恩返しプロジェクト
 ボルネオオランウータンもボルネオゾウも絶滅危惧種に指定されている。ボルネオの熱帯雨林が材木のための伐採や、パーム油を作るためのアブラヤシ畑の拡大でなくなろうとしており、ゾウやオランウータンがすみかを奪われ続けている。旭山動物園はプロジェクトを立ち上げ、協賛企業と共にゾウとオランウータンを守るための支援を続けている。そのひとつが、おらんうーたん館の近くに設置されたものを含む園内各所の自動販売機である。売上の25%がこの恩返しプロジェクトに使われているという。ホテルへの帰り道、バスに揺られながら車窓から外を眺めていると、同じ販売機が街なかにも見られた。町ぐるみのプロジェクトになっているのかと、とても感心したのを覚えている。

 動物と一緒の空間を楽しむ、動物の生き方を通じて命を感じる、ということがこの動物園の大切なテーマであることは間違いないが、それと共に動物と人間との共生、人間の無責任な行為による環境破壊などに対する問題意識などが、あらゆる場面で発信されている。絶滅危惧種であるホッキョクグマのもぐもぐタイムで飼育員が問題提起していたように、私の見た全ての解説において徹底して来園者に問いかけている。それは珍しい動物や派手な展示で客寄せをする他の動物園や水族館と、明確な一線を画す存在である証だと感じた。

謎は解けた!
 私は動物園にしては起伏がある園内を1日半かけて歩き回り、仕舞いには疲れてトイレの個室に入った時に寝落ちしそうになった。しかし、トイレの壁にまたメッセージが貼られているのに気付き目が覚めた。「キリンやシカのうんちは何故コロコロしている?」キターッ!又してもうんちの話か。。。それもトイレまで追いかけてきた! その瞬間、笑いを堪えるのが大変だった。歩き疲れながらも帰路のバスで、昼間寝ていた動物を夏に開催する「夜の動物園」で見たいと思い、冬に来て「ペンギンの散歩」を見てみたいと考えていた。
 子供が「ココ、楽しい!」とママに言い、若い女性が「コレ面白い!」と目を輝かせて彼氏に微笑みかけ、中学生が「キャー、生うんち!?」と叫ぶ。旭山動物園が癖になる謎が解けた気がした。1日目の夕方ホテルに着いて、フロントの若いスタッフに動物園へ行ってきたことを話すと「私は年パスを持っています!」と誇らしげな返事が返ってきた。

旭川市民に愛され、日本中、いや世界中の観光客からも愛される旭山動物園に、あなたも行ってみませんか?

≪取材協力≫
旭川市旭山動物園
住所:〒078-8205, 旭川市東旭川町倉沼
電話:0166-36-1104
ホームページ:https://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/asahiyamazoo/

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