暮らしの中に学びが溢れる島根県隠岐郡「海士町」(後編)

島根県隠岐群海士町の魅力を探る後編では、日本料理の文化と神髄を学ぶ料理人養成塾「島食の寺子屋」の展開と、獲りたて新鮮な魚介類の細胞組織を壊さずに保存できるCASシステムを導入し海士の海の幸を全国に届ける「株式会社ふるさと海士 CAS凍結センター」の取り組みや、その食品を提供しているレストラン「船渡来流亭(せんとらるてい)」の料理などを紹介する。

ドイツから遊びに来たアンディさん & ノリコさんご夫妻と島食の寺子屋料理人講師佐藤岳央氏(中央)

海士町「島食の寺子屋」で本物の日本料理を学ぶ

 2017年6月、海士町に日本料理を学ぶ「島食の寺子屋」が開校。本物の料理人を育成し、町の農水産資源を活用した新たな取り組みが始まった。

島食の寺子屋

調理実習室

 ここで料理人講師を務めるのは、東京中央区で創作和食料理店を営んだり、在ジッダ日本国総領事公邸(サウジアラビア)で料理長を務めた佐藤岳央(さとうたけお)氏。
 「総領事公邸で料理人をしていたときは、お寿司や和食を作る食材の調達には大変苦労しましたが、東京で創作和食料理のお店をやっていたこともあり、現地の食材を上手くアレンジして創作和食料理に仕立て上げたりして総領事主催の食事会ではお出ししていました。その経験が今の料理のレパートリーの広さに繋がっていると思います」とアラブの美食家たちの舌をも唸らせた佐藤さんは言う。

佐藤さんが海士町の旬の食材で作った料理

 島食の寺子屋が考える日本料理のコンセプトは、「季節」、「文化」の2つが大きな柱であり、それを会得するには、野菜や魚などの「旬」、食に関する「文化」、「食材」、「地域の環境」を知ることであるとしている。そして一番重要なのは「素材」であり、料理人の磨かれた技術と五感にあると位置付けている。
 佐藤氏は、海士町で毎朝、海・山・田畑に散歩に出かけたときに見たイメージをお皿に表現しているという。
 日本の文化・風土を理解し、海外で腕を振るった経験のある佐藤氏は、海外の人たちも視野に入れている「島食の寺子屋」の講師に正に相応しい人物だと言えるだろう。


海士町で長期バカンスを楽しむ

 海士町は、前編で紹介した「シェアハウス」とは別に、海士町で少し暮らしてみたいという日本人や、1カ所に長く滞在して旅行を楽しむ嗜好のある外国人旅行者向けに長期滞在ができる「レンタルハウス」を提供している。

レンタルハウスの一例

 島の右も左も分からない利用者のために、海士町観光協会のスタッフが町の基本情報からイベントや地域の方との交流をサポートしてくれる。
 今回この「レンタルハウス」を利用して海士町を満喫していたのが、ドイツからやって来たアンディさん・ノリコさん(Andy & Noriko)ご夫妻と、ノリコさんの友人のサハラさんとサハラさんの子供で1歳2か月になるユタカ君。
 ノリコさんとさはらさんは、大学時代の友人で、ノリコさんがドイツから一時帰国で日本に戻るのを利用してここ海士町で落ち合いバカンスを楽しむことにしたという。
 町に来てからは、アンディさんは釣りを楽しみ、ノリコさんは地元の警察官を相手に剣道をしたりして楽しんでいるという。
 「島食の寺子屋」では、旅行者でも短時間で楽しめる和食作り体験を行っている。この日は、料理人講師佐藤氏から海士町の新鮮な食材を使った料理を教わるということなので記者も参加させてもらった。
 講師から、これから三枚におろす魚のことや、包丁の種類、魚の鱗(うろこ)取りの仕方に至るまで様々な説明を受けた後、講師の手ほどきを受けながら調理を開始した。
 目を見張ったのは、アンディさんは初めての体験であったにもかかわらず、慣れた手つきで魚を三枚におろしていたことだ。

魚を三枚におろすアンディさん

美味しい出汁の取り方を習うノリコさん

 これから崎港に魚が水揚げされるとの情報が入ってきたので、少しぐずり始めてきたユタカ君とおかあさんのサハラさんと一緒に見に行くことにした。今日はイサキとカマスがたくさん取れたという。その情報を聞きつけた地元の人も買いにきていた。それもそのはず、料金を聞けば驚くほどの安さであった。早ければ30分以内に家で取れたての新鮮な魚が食べられるということだ。

崎港の水揚

サハラさんとユタカ君

 島食の寺子屋に戻ると料理は出来上がり、刺身は裏山で取ってきたというつまもの(葉っぱ)の上に美味しそうに盛り付けられていた。アンディさんは、このつまものに日本人の持つ繊細さと日本の四季の豊かさを感じている様子であった。「和食作り体験は日本人の私にも興味深くとても新鮮で楽しかったです」と言うノリコさんの言葉から和食の奥深さを感じた。

アンディさんが調理したカマスの刺身

サハラさんも料理に舌鼓

 翌日、アンディさん・ノリコさんご夫妻とサハラさん・ユタカ君が島を離れるというのでお見送りの場に立ち会わせてもらうことにした。
 アンディさんとノリコさん、サハラさんの3人は、料理が美味しく自然が豊かなのでとてもリラックできました、と口をそろえる。そして、海士町で暮らす人々の優しさと外から来た人を受け入れるオープンマインドが気持ち良かったです、との言葉を残して菱浦港を後にした。

映画の1シーンの様なお別れの風景

島海士町の新鮮な海の幸を届けたいその一心で

 新鮮な魚貝類が豊富に獲れる海士町ではあるが、離島ゆえに昔は朝獲れた魚介類を午後の船に載せ出荷すると本土に近い鳥取県境港でも到着は翌日になってしまう。そうなると鮮度が落ちているので市場に出しても低価格での取引となり、ほとんど利益が出なかった。
 それでも、海士町の美味しい魚介類を全国に届けたい、食べてもらいたい、そして島の漁業を活気あるものにしたいと常々思っていた。そこで導入したのが、「CAS(Cells Alive System)」という凍結システムであった。
 CASとは、凍結庫内に微弱エネルギー(磁場)で食材の水分子を振動させながらマイナス55°Cまで下げ、一気に凍結させることで、細胞・組織を壊さず生きたままと同じ状態で冷凍保存する技術。香り、風味、旨味、美味しさが保持され、食材に存在する寄生虫を死滅させ、食中毒菌の増殖を防止する機械だ。
 これは、千葉県にある企業が開発したもので、この技術を活用した事業を行うために海士町は5億円を投資して2005年3月に第3セクター「株式会社ふるさと海士」を設立した。

アンディさんが調理したカマスの刺身

サハラさんも料理に舌鼓

 株式会社ふるさと海士は、現在3つの事業で構成されていて、このCAS事業はその中の1つで、「CAS凍結センター」で食材の加工、冷凍食品の製造を行っている。CASは、鮮度を保ったまま凍結できるので、解凍した岩牡蠣を切っても断面が崩れず、白イカはお刺身でも食べられるというから驚きだ。解凍したときに旨味成分が溶け出さないので味も抜群。
 今では、CASで凍結された魚介類を全国に届けるオリジナルブランド「島風(しまかぜ)便」が都内の飲食店で好評で、インターネット通販でもたくさん購入されるようになった。年間を通じて販売できるようになったため、株式会社ふるさと海士では、漁師や市場からの買い取り価格も一定に保てるようになった。漁業関係者も安定した収入が見込めるようになってきている。
 これは、行政による事業創生・地域活性化の成功例と言ってもいいだろう。

マイナス55°Cになる凍結庫へ

凍結された岩牡蠣

また食べたくなる渡来流亭の料理

 島内でCAS凍結の食材が食べられるレストラン「船渡来流亭(せんとらるてい)」が菱浦港内のキンニャモニャセンターの2階にあるというので行ってみた。
 記者がオーダーしたのは、CAS凍結のアジ、白イカ、ブランド岩牡蠣の春香を揚げた
「ミックスフライ定食(¥1800税込)」。臭みが一切なく取れたて新鮮な魚介をその場で揚げて食べているという感じであった。

ミックスフライ定食(¥1800税込)

寒シマメ漬け丼(¥800税込)

窓越に見えるのは菱浦港に停泊中の隠岐汽船

 ちなみに日本人に一番人気があるのは、日本海で獲れた新鮮なスルメイカを使った「寒シマメ漬け丼(¥800)」で、2011年の全国ご当地どんぶり選手権で7位に入賞したB級グルメ。外国人からは、アジフライのオーダーが多いという。
 この海士町の海の幸が東京の神楽坂にあるレストラン「離島キッチン(神楽坂店)」でも味わえる。帰京後、しばらく神楽座に通うことになりそうだ。

一般社団法人 海士町観光協会
〒684-0404 島根県隠岐郡海士町1365-5
TEL:08514-2-0101
http://oki-ama.org/

離島キッチン(神楽坂店)
〒162-0825東京都新宿区神楽坂6-23
TEL:03-6265-0368
http://ritokitchen.com/

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