暮らしの中に学びが溢れる島根県隠岐郡「海士町」(前編)

2017-06-30

 

暮らしの中に学びが溢れる島根県隠岐郡「海士町」(前編)

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グローバル化が進む世界。都会には若者を引き寄せるモノ、お金、最先端の流行などの魅力が溢れている。
しかし島根県隠岐群海士町には、これらのものがほとんどないが皆豊かに暮らしている。その理由を探るために東京から飛行機に乗り船に乗り継ぎ島に渡った。
2回にわたる記事の前編では島外から海士町にやって来た若者たちの島での仕事や暮らしぶりを密着レポート。
後編では料理人養成塾「島食の寺子屋」の展開と、新鮮な魚介類の細胞組織を壊さずに保存できるCASシステムを導入し、海士の海の幸を全国に届ける「株式会社ふるさと海士 CAS凍結センター」の取り組みなどを紹介する。

菱浦港を後にする隠岐汽船


財政の悪化が町の活性化を促進させた

 島根県の北方、約60キロの日本海沖合に浮かぶ隠岐諸島は、約180の小島からなる自然豊かな島々。空港がある一番大きな島を島後(どうご)、西ノ島(にしのしま)・中ノ島(なかのしま)・知夫里島(ちぶりじま)の3島を合わせて島前(どうぜん)と呼び、この4島に約2万3千の人々が暮らす。
 その島の中でもここ数年Uターン、Iターンが増え、この10年間で400名以上が移住しているのが中ノ島の海士町(あまちょう)だ。

 海士町は、面積33.46k㎡、周囲89.1㎞の小さな島の自治体で、2000年初頭には財政破綻の危機に直面していた。この危機に様々な施策を講じているのが、2002年から町長を務める山内道雄(やまうちみちお)氏だ。行財政改革や産業振興を行うとともに、町の活性化には島外の人の力も必要だと、移住者の受入施策などを積極的に進めていった。


新しい旅のスタイル「ワーキングツーリズム」

 町が2016年に始めたのが、島外からやって来た人たちが日中は島の基盤産業で働き、夜は空き家となっている民家で寝食をともにしながら暮らすという「シェアハウス」を利用した中長期滞在の「ワーキングツーリズム」だ。町での仕事は、観光ガイド、ホテル、クリーニング工場と多岐にわたる。
 島外からやって来て4年、海士町観光協会に籍をおき、シェアハウスに住みながら働く太田章彦(おおたあきひこ)さんのある1日を追ってみた。

太田章彦さん

 あるときはホテルマン、あるときは漁師など多様な仕事をこなす、町でいうところのマルチワーカーだ。岩牡蠣(いわがき)の出荷シーズンを迎える3月から5月頃までは、地元岩牡蠣ブランド「春香(はるか)」の養殖販売を行っている「海士いわがき生産株式会社」で働いている。

岩牡蠣の水揚げ作業 岩牡蠣に付着した海藻やフジツボ

 水揚げされた岩牡蠣には、海藻やフジツボがびっしりと付着していて出荷に際しては、これらを取り除く必要がる。ここでの太田さんは主にその岩牡蠣に着いたフジツボを特殊な回転ブラシに当てて弾き飛ばし、きれいにする「磨き」という作業を行っている。1日が終わると全身粉まみれだ。そんな厳しい労働環境にもかかわらず、太田さんと共に生き生きと仕事に取り組む若い男女の姿を目撃した。その中に太田さんが暮らすシェアハウスで一緒に生活するシェアメイトの男性が2人いるというので、記者は1晩彼らの暮らすシェアハウスに泊めてもらい、町に来た動機などについて話を聞くことにした。

フジツボを弾き飛ばす特殊な回転ブラシ 磨いた後きれいになった岩牡蠣


深い絆に出会える「シェアハウス」

 午後5時、岩牡蠣養殖場での仕事が終わり、太田さんの車でシェアメイト2名と共に彼らが暮らすシェアハウスに向かった。
 走りがスムーズに感じたのは、信号機に一度も遭遇しなかったからである。聞けば町に信号機は1基だけあるとのことだ。それは町で暮らす子供たちに信号機というものを認識してもらい島外に行ったときに驚かないためにあえて設置しているという。
 到着したシェアハウスは2階建ての立派な民家で、元は民宿であったという。

シェアハウス(男性用)

 「俺、これから夕食の準備をするけど、誰が最初にシャワー浴びる」とこのシェアハウスの長でもある太田さんが2人に声を掛ける。「では、俺、先にシャワー浴びます」と答えたのが、香川から来た大学4年生のKさん。今年の3月下旬に町にやって来たKさんはすっかりこの町が気に入ってしまったとのことで、大学を卒業した後はこの町で働きたいという。
 「じゃあ、俺、夕食作ります」と言ったのが、昨年大学を卒業した後、現在ある分野の研究活動をしているHさん。学者肌でもあるHさんが岩牡蠣の養殖現場で働いていることに少し違和感があったので理由を聞いてみた。「産業の中でも一番の基本となっている第1次産業の現場がどうなっているのかをこの目で見たかったからです」、IT全盛のこの時代に第1次産業に目を向けるという発想の豊かさに、驚きと新鮮味を覚えた。
 ご馳走してくれたのは、彼らが働く海士いわがき水産の新鮮で大きいプリップリッの岩牡蠣を使った鍋料理。みんなで鍋を囲んで頂く料理は、一段と美味しく会話も弾んだ。

 昨年、彼らと同じワーキングツーリズムを利用して町に来た人は約80人いたという。「町に来た理由で一番多いのは、純粋に島の暮らしを体験してみたいということがあるようです。学生は、まちづくりに興味がある人が多い気がします」と太田さんは言う。
 記者の、正直あの岩牡蠣の養殖現場は臭いがきつく磨き上げの作業も大変なので、途中で挫折して帰ってしまう人がいるのではないかという問いに。
「仕事場では、ほとんどの人が最初の数日間かなり重い気持ちになりますが、今まで挫折した人はいません」と太田さん。
 記者は、挫折をしない最大の要因は、この「シェアハウス」における仲間たちとの団らんと、ここでリ-ダー的な役割を果たす頼れる太田さんの存在も大きいと感じた。
 「労働は場所に関係なくストレスや疲労があるもので、それは島でも例外ではありません。が、この仕組みの強みは、労働が暮らしにとても濃く繋がっていることです。労働以外の暮らしの部分が充実しているから、あるいは、島では労働を通して得るものが多いから、だと思います」、「ここでの生活を体験した人は、変化というか、繋がりを作って帰って行きます。私が東京や大阪に行った際には、来島した仲間たちと再会してワイワイガヤガヤやってますよ!」と楽しそうに話す太田さんの目には、海士町を愛する心と人間愛が溢れていた。


ローカルの時代の予感

 プロの写真家でもある太田さんは、仕事の合間を縫って島民の営みや職場の風景を撮り続けている。最後に太田さんに今後の抱負を聞いてみた。「海士町に来て、人と人との繋がりがとても重要であることを再認識しました。日本には大小様々な離島がたくさんあるので、その離島同士が連携しながら都会の人ともアクセスできるような事業の青写真を描いているところです」

シェアハウスで仲間たちと(左奥が太田さん)

 
 海士町観光協会では、留学やワーキングホリデービザで来日している方も、ワーキングツーリズムを通して海士での暮らしを体験できる受入体制を築いている。
 
 
一般社団法人 海士町観光協会
〒684-0404 島根県隠岐郡海士町1365-5
TEL:08514-2-0101

http://oki-ama.org/
 

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