西会津国際芸術村 ~アートが人を呼び、人が人を呼ぶ~

木造校舎を再利用した西会津国際芸術村

福島県の典型的な農村地域にアートを通じて人が集まっていると聞いて興味を持った。福島県の最西部、新潟県との県境にある西会津町。山間の平地に田んぼや畑が続く農業中心の町で、東京23区の半分の面積に89の集落があり、6300人が住む絵に描いたような過疎の町だ。その町の廃校になった中学校の木造校舎を利用して、西会津国際芸術村(Nishiaizu International Art Village)が設立されたのが2004年。設立当初から外国人アーティストを招き、アートを通じた国際交流を試みるとともに、全国に作品を募集する公募展を開催している。2018年の第13回公募展の期間中に訪問してみた。

矢部ディレクター

 現在芸術村のディレクターとして活動の中心を担っている矢部佳宏さんに話を伺った。
 芸術村が設立される際、事業に関わった方から「世界中の芸術家を集め、アトリエとして提供したらどうか」との提案があり、その人が駐日の外国大使館と関係があったことから、外国人アーティストとの交流が始まったという。これまで外国人も日本人も合わせると、延べ200名近くがArtist In Residence(滞在アーティスト)として芸術村に住み、創作活動および住民等との交流事業に参加している。

芸術村の廊下

 矢部さん自身は江戸時代から続く農家の19代目として西会津町に生まれた。長岡造形大学大学院で造形を学び、カナダのマニトバ州立大学大学院でランドスケープアーキテクチャー(1) を勉強して、それぞれ修士号を取得している。カナダの友人とデザインチームを組んで、カナダと上海で事業を始めたが、震災後の福島が気になっていた時に、知人に誘われて、2013年4月から芸術村の2代目常駐職員となった。

 それ以来Artist In Residence事業や公募展など直接アートに関わる事業だけでなく、地域の文化や食に関するイベントも企画し、現代社会において失われつつある地域の文化や伝統的な農村の暮らしの知恵を再評価する試みも行っている。

 (1) その土地の個性を生かし、人と自然が調和した環境デザイン

 芸術村のある西会津町山間部は、高齢化が進み、人口が減少し続ける限界集落を多く抱えている。そのような状況下で、矢部さんが考える芸術村のコンセプトの1つは、農村に対する価値観の転換で、農村=不便から、農村=自然が多い・知恵が深い=素敵で楽しいへ変えて行くこと。2つ目は、クリエイティブな人材を集め、創造的に問題を発見・解決し、選択できる未来を増やすことで、これは大きな組織では評価され難いアーティストのような特殊な能力と魅力を備えている人が活躍するイメージだ。

芸術村の交流スペース

学校らしい室内装飾

また3つ目は、「温故知新(2)」ができる人材を育てること。つまり矢部さんの考えでは、人口が減ることはもちろん問題だが、文化のDNAが無くなって地域らしさを失うことの方がさらに問題なのだという。
 (2) 先人の知恵に学び、そこから新しい知識や見解を得ること

 人類の歴史に於いてアーティストたちは、これまでも失われていくものに価値を見出してきた。またアートは、文化、歴史、観光、教育や福祉など、いろいろな分野に横断的に関われるものであり、西会津に溢れている自然との相性もいい。矢部さんはアーティストとの交流の場として芸術村を利用し、そこに集まってくる人々が地域の人々と混ざり合うことにより、西会津に古くて新しいタイプの社会を起動させたいと考えている。

自然豊かな農業地帯

ダーナ ビレッジ

 近年西会津に移住してきた有能で魅力的な人々を矢部さんに紹介いただいた。
 まず初めに訪問したのは、福島県喜多方市生まれの小川美農里(みのり)さんと、オランダ人でパートナーのウィック ヴァン デール ウェイデンさんが営む農家民宿「ダーナ・ビレッジ」。美農里さんは大学の看護学部在学中に、国内外の孤児院や難民キャンプでボランティアとして働いた経験を持つ。その後看護師になったものの、対症療法的な医学ではなく、心身の健康をまるごとサポートできるようになりたいと考え、2014年に南インドのオーロヴィル(3) に移住した。美農里さんは2年あまりかけて、クラニオセイクラル・バイオダイナミクス(4)や有機農業を学び、パートナーとなるウィックさんとも出会った。

 (3) オーロヴィルは世界最大のエコビレッジと呼ばれる国際的なコミュニティで、オーロビンドというインドの哲学者の後継者である、フランス人女性ミラ・アルファッサの提唱で1968年に創られた。インド政府やUNESCOから支援を受ける環境実験都市である。
 (4) 100年あまりの歴史を持つアメリカ発の療法で、セラピストの手で患者の血液や神経、脳脊髄液の流れを感じとり、声掛けをしながら体内の状態や緊張を本人に自覚させ、体を深い休息の状態にさせることで、心身の健康回復に導く。​

 帰国して2016年4月西会津町安座(あざ)地区の小学校の分校跡に「ダーナ ビレッジ」を設立した。体調不良が改善した人の実例を聞いてみると、対人関係に弱く高血圧であった人が、5日間滞在した後普段の生活に戻ると、血圧が下がったと連絡をくれた例があるという。その人の1日のメニューは、5時から8時まで農作業、ヨガを少し、散歩や読書、食事はベジタリアン、そしてクラニオセイクラル・バイオダイナミクスで自分の心身と向き合うことだった。また色々な国の人と共同生活をしたり、猫がいたりする農家民宿の生活が良かった面もあるとのこと。記者も猫好き、国際交流好きなので分かる気がした。

美農里さんとウィックさん

 集客の方法は、Booking.comやAirbnbなどのオンライン・トラベル・エージェントとともに、WWOOF、HelpXなど世界的な海外ボランティアのプラットフォームも利用しているという。ボランティアとして申込んできた人に対しては、父親とともに営む有機野菜の農場で農作業をし、部屋の掃除や薪割りする代わりに宿泊と食事を提供している。今年(2018年)の8月には総宿泊者数118名、その内外国人はボランティアも入れて70名だったという。

 2組目に訪問したのは、楢崎萌々恵(ならさき ももえ)さんとウィリアム シャムさんのふたり。地元でモモ、ウィルと呼ばれているこのカップルは、ニューヨークの大学でグラフィックデザインを学び、卒業と同時にStudio ITWST(スタジオアイツイスト)というクリエイティブユニットを作って、ニューヨーク、ベルギーで働き、日本に拠点を移す際に芸術村に出会ってArtist In Residence (5)として1年間活動した。西会津が気に入ったふたりは移住することを決め、元呉服屋だった築70年の古民家を改築して「バーバリアン・ブックス」を立ち上げた。​

ウィリアムさんと萌々恵さん

 (5) ここでArtist In Residence(滞在アーティスト)プログラムについて簡単に紹介する。このプログラムは、プロ、アマを問わずクリエイティブな活動をする人(ミュージシャン、料理人、エンジニアなども含む)に、芸術村のコンセプトを踏まえた活動内容の企画書を提出してもらい、選考を通ったアーティストには芸術村内に制作、展示等のスペースと、芸術村付属の住宅が光熱費等も無料で最大1年間提供されるもの。滞在アーティストは交流イベントへの参加や、地域の魅力を発見・創造するための支援が期待される。

リソグラフ印刷機とエッチングプレス

 バーバリアン・ブックスは何屋さん? そう聞いてみると、2人は顔を見合わせて笑いながら「デザインスタジオで、図書館で、コミュニティスペースかな」と答えた。入口の土間にはリソグラフ印刷機やエッチングプレスがあり、呉服屋時代には店主と客が語り合っただろう小上がりの畳スペースに、木製のテーブルと本棚がある。本棚には英語でZINE(ジン)と呼ばれる自費出版の本(非営利色の強い少部数の本や雑誌)や、デザイン関係の本などが並んでいる。猫も走り回るこのスペースは「近所の子供の遊び場になってる」(笑)という。

 ふたりはニューヨークなど大都市での、依頼人の顔を知らず、何の役に立っているのかも分からないグラフィックデザインの仕事が嫌で、自分たちにとって心地よい仕事場を探していた。西会津では町の人が作る加工品のパッケージやチラシのデザインをしたり、芸術村関係の印刷物を作ったりして生計を立てている。「ここではクライアントが知り合いを紹介してくれるので、友が友を呼んで顔の見える仕事ができるんです」と嬉しそうだ。​
 それで達成感はあるのだろうか、そんな記者の疑問を察してウィルが答えてくれた。

バーバリアン・ブックスの本棚

 「僕たちのゴールはリッチになることじゃない。アーティストというとアートを売って儲けている人と捉えるかも知れないけど、僕にとってアーティストとは自分の生きたい生き方を貫いている人なんだ!」西会津にはこの記事に登場する人だけでなく、農家の人の中にもそういう人が多いという。​

祐子さんと雄介さん

 1日目の取材後、矢部さんが紹介してくれた「ゲストハウスひととき」に宿泊した。オーナーの佐々木雄介・祐子の夫妻は、雄介さんが福島市、祐子さんが郡山市の出身で、ゲストハウスを経営する夢を叶えるために西会津に移住してきた。現在は雄介さんが西会津農泊ビジネス推進協議会の仕事を兼ね、祐子さんは地域おこし協力隊員として町の商工観光課に勤めながら、ゲストハウスオーナーとして自立することを目指している。

 空き家を仲間たちとともにセルフリノベーションしたゲストハウスは、2018年5月にオープンしたばかり。外観は空き家だったころの面影があるものの、室内は素晴らしく綺麗にリノベーションされている。共用スペースに案内されてすぐに目に付くのは、先ほど訪問したモモとウィルの絵が飾られた展示スペースだ。​

共用スペース

階段もアートに変身

 また2階の寝室に上る階段は、この夏に滞在した香港出身のアーティストが描いてくれた可愛らしい絵で飾られている。ゲストハウス自体十分立派に改築されているが、これらのアートは、20年間眠っていた空き家に、まるで新しい命を吹き込んでいるように見えた。

 2日目の朝、西会津町への移住を考えている人が「おためし」で住むことができる住宅“Otame”を見学した。Otameの応募資格は、西会津町へ移住を検討していること、18歳以上であること、移住相談を受けていること、西会津の実情を知るためのプログラムに参加すること、そしてメディアの取材があった場合対応可能なことだ。滞在可能期間は1週間以上1カ月以内で、住宅利用の費用は期間に関わらず15,000円(食事代、光熱費については実費)。1名でも利用できるが、何名で利用しても費用は変わらない。見たところ1家族3~4名は十分泊まる広さがある。移住者を歓迎する町の積極的な姿勢が伺える。​

Otameの和室

 取材の最後を締めくくるのは、芸術村に於ける2018年第13回公募展。今年は青少年の部32点、一般の部47点の計79点が出展した。応募者は福島県内だけでなく、北日本を中心に西は広島、島根県などからも出品していた。人間的な温もりのある木造校舎の廊下や元教室に並べられた作品は、隣同士の絵が引き立てあうように展示されていた。有名なアーティストの作品を都会の美術館で見るのとは違う感動があるような気がした。​

外の緑が見える展示

 それはただ木造校舎の温かさだけでなく、展覧会場全体に漂う何故か心をすがすがしくする雰囲気だ。「外光を作品に当てるのは普通あり得ないのですが、それがここの特徴なので。。。」矢部さんが言った一言が、そのすがすがしさの理由を教えてくれた。窓から差し込む自然な光と、校舎を包み込むような周囲の草木の緑が、作品と一体になっている展覧会。別の場所では感じることのできない感動がここにはある、と思った。

公募展受賞者表彰式

 一見、過疎の町にしかみえない西会津だが、今回の取材で、西会津国際芸術村を中心に、古くて新しいタイプの社会が少しずつ、しかし確実に動き出していることが分かった。その変化の中にいる人たちは、地元の人も、外から来た人も、それぞれの専門性を生かしつつ、協力しあってアーティスティックに生きている。

 モモとウィルが尊敬する、地元農家のおじいさんがいる。「ひでじい」は農作業のことは何でも知っている。それだけではなく、地元の自然を知り尽くしている。ひでじいが「あげる」と渡してくれた電話帳には、47枚の四つ葉のクローバーが押し花にして挟まれていた。自分で探しても四つ葉のクローバーは見つからない。「ひでじいには人に見えないものが見えるのかもしれない」という。彼らはそれを題材にして、小冊子(ZINE)を自主制作した。その様子は、地域の知恵と外部の新しい才能が出会うことから始まる、新しい生き方を象徴しているように見える。​

 矢部さんは、冬の過酷な労働である除雪を「ジョセササイズ」と呼んで、都会の人にエクササイズとして楽しんでもらう協会も立ち上げている。一般的にネガティブに捉えられがちな日常の作業にも楽しみを見出し、活動を通じて地域の人びとと新しく村にやってくる人々との交流が進み、西会津ならではのレトロでもあり新しい価値観も持つ文化が創造され、育っていく。ここには、アートな生き方がある。「そうだ、次は冬にジョセササイズに来よう」そう思わずにはいられなかった。​

西会津国際芸術村(ディレクター:矢部佳宏)
〒969-4622 福島県耶麻郡西会津
新郷大字笹川上ノ原道上5752
TEL:0241-47-3200
URL: http://nishiaizu-artvillage.com/

ダーナ ビレッジ(代表:小川美農里)
〒969-4406 福島県耶麻郡西会津町
野沢長三郎家ノ上丙655
TEL:050-5583-9391
E-mail: Contact@danavillage.com
URL: https://www.danavillage.com/

バーバリアン・ブックス(Studio ITWST:楢崎萌々恵&ウィリアム・シャム)
〒969-4512 福島県耶麻郡西会津町
上野尻上沖ノ原2518-
TEL:080-4684-0130
URL:http://www.barbarianbooks.institute/

ゲストハウス ひととき
(オーナー:佐々木雄介&祐子)
〒969-4512 福島県耶麻郡西会津町
上野尻字下沖ノ原2650−1
E-mail: hitotoki.fuku@gmail.com
URL: http://www.gh-hitotoki.com/

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