旅館の形を超える試み――ホテル松島大観荘

日本のOmotenashi シリーズ第7回

旅館の型を超える試み――ホテル松島大観荘

ミシュランのグリーンガイドで三ツ星の評価を得た宮城県の松島は、日本を代表する景勝地「日本三景」の1つです。そこでは、海に浮かぶ島々が織りなす風光明媚を堪能できるばかりでなく、三ツ星の瑞巌寺(ずいがんじ)を始め数多くの秀逸な歴史的観光スポットが国内外から多く旅行者を引き付けています。
この地で創業されてから50年を迎える「ホテル松島大観荘」において接遇・運営を取り仕切ってきた副社長・磯田悠子さんに、積み重ねてきた試みの数々などについて尋ねました。

 鉄筋7階建て・客室数256室、さらに1,700名収容のコンベンションホールなども備える、松島一の規模を誇るホテルは、1961年の創業当時は木造2階建て・30室の純和風の日本旅館であった。松島湾を見下ろすこの高台は特別名勝地にあり、規制がとても厳しく、建築するには文化庁などとの折衝に大変な苦労が伴った。松島湾を全部見晴らすことができる宿泊施設はここのみで、利用客からは「素敵な箱庭」「自分のお庭みたい」などの感嘆の声が上げられる。殊に7階のレストランからは遠く太平洋の水平線まで見え、本格的フレンチの食事と相まって松島の旅の思い出を強く印象付ける。
 名高い評判を築いてきた一方で、「名前はホテルでも、純粋なホテルでもなく、日本旅館でもない、中途半端な旅館です」と、磯田さんはこれまで進めてきた変革がまだ途上であることを打ち明ける。さまざま客の要望に真摯に応えようとすると、日本旅館の枠組みで考えていては、どうしてもできないことが多くなってきたのである。

 宿側が定める夕食・朝食をセットにした「1泊2食付」という従来からの旅館の形態に縛られず、利用する側の視点を大切にしてきた大観荘の実践の1つに、いろいろな食事を選んでもらうようにしてきたことが挙げられる。当初は”日本的な松島には似つかわしくない”との意見も方方から寄せられたが、和食だけでは多くの客の要望に応えられなくなり、洋食も、中華も、それぞれ名立たるレストランから確かな腕を持った料理人を招いて整えていき、現在は施設内の食事処は大変充実している。一般のホテルのような「泊食分離」へ切り替えようとする試みは、商慣習もあってまだ部分的にしかできていないが、予約受付の時点で要望を綿密に引き出して、一人一人に最良のプランを提示できるよう積極的に取り組んでいる。また、料理人は原則2交代制をとっており、泊食分離を進めつつある中、食事だけを希望してやってくる客にも対応できる体制が整ってきた。
 客室は、日本三景という和的景観に特徴づけられる当地においても現代の日本人旅行者が純和室ばかりを好むとは限らないことに応じて、全館の2割は和室にしているが、和室のくつろぎ感と洋室の便利さを調和させた和洋室や洋室の比率を増やし、間取り・広さ・眺めなどさまざまなタイプを提示できるようになっている。

 「お客様を部屋に通したら、各自のプライベートタイムを大事にしてあげたい」とのことで、昔ながらの旅館のように仲居が密着するようなサービスは行われず、個々の客から求められたり、従業員が各持ち場で察知する要望に速やかに対応することに誠心誠意が尽くされている。一方で、客があれこれと構ってもらいたがって要求が膨らむことに対して、サービスを無制限に奉仕して客の間に差をつけることにならないよう気を付けている。どんな客が来ても同じレベルの接遇を心掛け――日本人でも外国人でも変えずに――均整のとれたおもてなしを行っているのである。
 世界中の代表的な料理をそろえるバイキングは、根強い人気を得ている。他所で経費節減のために行われるものとは根本から異なり、素材を選び、手間を掛けた調理を施したさまざまな料理を各客の好みに合わせて目いっぱい食べてもらえることを趣旨として導入したバイキングは、東北地方では先駆的なものであった。さらに、近隣の漁港から水揚げされるマグロ丸々1匹を解体してその場でふるまうのは、大変多くの客に強く興味を持たれ、喜ばれる(取材時は仕入れが安定していないため休止中)。専門の料理人が牛タンや名産の牡蠣(かき)を目の前で調理するのも好評である。

 大観荘は諸外国からの客も多数利用しているが、地の利だけで誘引できるものではなく、客のために一つ一つ変えてきたことの蓄積が内外を問わずに評価されていることにある。食事メニューが多様化でき、ベジタリアン料理など特殊な要望にも対応できるようにして外国人受入の体制が出来上がってから、ますます多く利用されるようになった。しかし以前は、出されたものは全部自分のものだと勘違いする外国人客がいて、浴衣や食器類など外国人の目に珍しく映るものがなくなってしまうことがあり悩まされたが、今は日本人と比較して外国人が難しいということもなくなった。
 外国人集客は、当初は日本人のシーズンオフに来てもらいたいという思いがあって始めたが、これに対応するには部屋の条件で問題が生じた――ホテルのように1室に2名以下で泊まることが多く、増えるほどに売り上げの効率が悪くなっていった。しかし、「外国人が来ると社員が成長する感じがする。外国人と接すると、国際的なことに従事している気持ちが生じ、社員自体に歓びがある」との副社長のことばにあるように、職場の活性化をもたらす効果を認め、日本三景において率先して外国人を迎えしようとする使命感に揺らぎはない。

 磯田さんは「日本旅館国際女将会」の理事も務められ、毎年海外へ出向き、昨年はモルジブの大統領や閣僚を訪問して意見交換をするなど精力的に活動している。また、「みやぎおかみ会」の会長として宮城県内の女将を1つにまとめ、自ら全国へ出向いて宮城県の魅力を発信したり、さまざまな行政委員会などに出席することを通じて旅館・ホテルが置かれる環境を整えている。こうした活動に取り組んでいるのは、大観荘が担う地域の期待と責務の大きさを自任していることと同様に、なにより情報収集・交換の大切さを理解していること、また、1人や1施設ではできることに限界があることを強く認識しているからである。
 宿に対する宿泊者のニーズが多様化している中、常に新しい試みをしている磯田副社長の次のアイデアが気になるところである。

ホテル松島大観荘
〒981-0213 宮城県宮城郡松島町松島字犬田10-76
TEL 022-354-2161 FAX022-353-3431
URL http://www.taikanso.co.jp/

ミシュランのグリーンガイドで星が付く観光地を15カ所も有する松島は、多くの内外の旅行者を魅了してやまない。東北地方のゲートウエー・仙台からJR線1本で30~40分で気軽に訪ねられる位置にあり、主な観光地は最寄りの松島海岸駅から歩いて回れる範囲にまとまっている。

 京都府の天橋立、広島県の宮島と並ぶ日本三景の1つである松島を代表するのは、緑色の松を戴く大小260もの島々が波が穏やかな松島湾に点在する景観である。高台から眺めるのもよいが、やはり、島を縫うように巡る遊覧船に乗って、個性豊かな島々を間近にし、陸からでは見られない景色の展開に魅せられるひと時を過ごすことは外せない。乗船客が与える餌を目指して追いかけてくるウミネコが、ほうり上げられた餌を空中で見事にキャッチしたり、直接人の手から器用にさらっていく光景も楽しめる。

 海と島が織りなす景観のほか、松島では戦国武将伊達政宗・伊達家ゆかりの数多くの史跡・文化財も見逃せない。

 参道の杉木立や洞窟群を見やりながら向かう瑞巌寺は、芸術性の高い装飾文化が花開いた17世初頭の豪華絢爛な桃山時代の粋を尽くした荘厳な建物で、精巧な透かし彫りの欄間、襖や床の間の豪華な絵画などに目を奪われる。極彩色の厨子を安置する円通院は、手入れが行き届いた苔(こけ)むした庭園、石庭、バラ園の静寂の中にたたずむ。33年ごとに御開帳される五大明王像を安置する五大堂のある小島に架けられた橋の隙間から下に海が見えるのは、参詣に当たり気を引き締めるためと言われている。月見の名所である松島で伊達家が設けた月見の茶室観瀾亭(かんらんてい)で抹茶を味わっていると、400年前から変わらぬたたずまいと景色の中で歴史の奥行が染み入ってくる。

きらびやかな観瀾亭の内部

夜の五大堂

10月末からの1カ月間ライトアップされる円通院

 その他にも昔から幾多の先人たちが絶賛した景観、歴史的建造物、展示館などここで取り上げきれない「松島」の魅力は、四季折々に変化する大自然の美しさと相まって、訪れる人を堪能させる。

松島観光協会「電脳松島絵巻」
http://www.matsushima-kanko.com/

取材協力:松島町
写真提供:ホテル松島大観荘、宮城県観光課

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