指先から生まれるアート――飴(あめ)細工

 この金魚は飴でできている。今にも動き出しそうな躍動感が満ちている。
 東京の下町で、日本最高レベルのリアルな飴細工を1つ1つ全て手作業で作り出しているアメシン代表・職人頭の手塚新理(てづか しんり)さんを訪ねて、作業の様子を拝見し、職人としての取り組みなどについて伺った。

日本独特に発展してきた

 奈良・平安時代に大陸から伝わったといわれる飴は、極めて貴重品だったので、意匠を凝らされてお供え物など特別なものとして扱われてきた。やがて庶民にも手が届くようになると、江戸時代には「飴売り」が屋台で商売を始めるようになってきた。販売促進と付加価値を加えるために商品の飴に細工を施すことが、はさみで形を整えて作る今日のスタイルに続いてきた。

 世界各地の飴細工には独特のスタイルがあり、ヨーロッパではパテシエによって飴細工が作られたり、中国では鋏(はさみ)は使わずに、柔らかく溶かした飴を平面に糸状に垂らして作品が作られたりするなど、職人たちが技巧を凝らしている。

やり直しができない造形

 飴細工は、常温ではカチカチに固い透明な水飴から出来ている。ヒーターで約90度に温めた飴を大きな鋏で30~40グラムに切り出すことから作業は始まる。

 分厚いストロー状になっている軸に固定してから全体の造形を一気に行う。造形の制限時間は約5分。飴は外側から急速に固まり始めていき、固まってから構図を修正することはできない。職人は、あらかじめ頭の中で組み立てた作業の手順で、思い描く完成イメージに近づけていく。熱い飴を指で引き伸ばしたり、鋏でつまんで引き起こしたり、細かい模様を刻んだりして、たちまちに丸い塊から金魚が生み出されてくる。迷うことなく次から次へと加工を加える無駄のない指先の手際の良さには、目が釘付けになってしまう。

 ここまでの作業で形はほぼ出来上がった。一旦冷まして、艶出しと仕上げの作業を行う。

指先と鋏

 飴細工職人は皆指先にやけどを負う経験を経て、熱に慣れることで乗り越える。短時間で手際よく細かい作業を行わなければならないので、手袋ははめられない。

 鋏は、形は裁縫で糸を切る際に使う握り鋏と似ているが、かなり大きいサイズで、飴細工用に特殊な形状になっている。その特徴は、バネが強く、握りが大変固く作られていることにある。手早く作業をしなければならないので、戻るのが早くないと早い作業ができない。また、飴がべたついて張り付いてくるので、戻りが強い方が作業しやすいのである。刃先は、細かく飴をつまみ上げる作業ができるようにかなり鋭利になっている。飴職人の手になじむ鋏の仕様は1人1人異なり、鋏職人との意思疎通によって改良を加えて、納得がいく鋏を作ってもらう。

妥協のない仕上げ作業

 仕上げの作業は、バーナーで加熱して表面をうっすらと溶かして微細な部分を整えていく。飴の表面を濁らせている微細な凹凸を、ヘアドライヤーのような電気バーナーで再加熱して、わずかに溶かすことによって飴が本来の透明感と艶感を蘇らせる。この段階で細かい文様を加えたり、生き物としての躍動感や表情を整えたりする徹底した念入りな微調整の作業が行われる。
 飴細工のモチーフは生き物が多い。飴は直線・直角にならないので、生き物を表現するのに質感が合っている。

細部にこだわる彩色

 最終工程となる彩色は、アメシンの飴細工の出来栄えを特徴づけ、比類ないものとしている。食用の色素を何色もパレットで合わせ、時間をかけて細い筆で少しずつ塗っていく。実物と同じ色が再現できるよう色の配合を追及し、実物と同じ細かな彩りを透明な飴に描いていく。この金魚の例では、複雑な体の模様や目のディテールは一見本物と区別がつかないほどであり、今にも泳ぎだしそうな出来栄えは目を見張るばかりである。

 白い飴細工は、飴に白の色素を混ぜたり、後から白く塗ったりするのではなく、透明な飴細工と同じ飴を使っている。透明な飴を練って空気を含ませることによって白くさせている。2本の棒の先にとった飴をバーナーで加熱しながらねじったり、引き伸ばしたりすることで、気泡が取り込まれる。造形の作業は金魚と同様に短時間で一気に行われ、最後の仕上げによって表面の光沢は透明の飴と同じになり、彩色して完成となる。

限られた時間での表現

 「短時間でいかに詰め込むかです」と言う手塚さんに飴細工の難しさを尋ねた。「作品の造形は5分間が勝負で、やり直しがききません。思い描くように作業が進められないと、全体に響いてしまうので、1つ1つの動作に必ず意味がなければいけません。仮に1作品に1日かけてもよいなら、多くの人がそれなりの作品を作ることができるかもしれませんが、飴細工は5分でやらなければならないというところが一番大変なところです」
 「弟子たちには『作れることより、見れることの方がはるかに重要だ』と言っています。指先の技量は数をこなしていれば結構身に付くものですが、いくら手を動かす技量があっても、ちゃんと物の形を見ることができていないと、自分が作っている形すら見えないのです。アウトプットするより、インプットする方がはるかに大事です。そこのところがちゃんとできていないと、良いものは絶対に作れません」

現代日本において担う伝統

 「ものにあふれている今の時代にあって、このようにコツコツ作っているというのはある意味では要らない仕事なのでしょうが、いろいろと注目されるものも出てきています。私のやっていることが日本の伝統を大切にしたり、手作りに関して若い人たちが目を向けたり、海外から日本のもの作りに目が向いたりすることに一役買えたらいいなと思っています」一方で、日本文化の継承者として危機感を抱いている。「私のはさみを作れる職人も引退してしまい、後継者がいません。手仕事でしか作れない良いものが日本にはいっぱいあったのに、どんどん滅んできており、滅んできていることに気付いていないことがいっぱいあります」

 「ただ同じことを続けることが伝統ではなくて、時代に合わせて進化させ、きちっと良いものを改良して作ってきた歴史を振り返ると伝統になっているものなのです。皆が向上心を持ってやっていくから未来永劫進歩して、職人たちが活躍できるマーケットがあるから、取り組みが残っていくのであって、それで後継者も続けていけるのです。ただ守る/守らないというのではなく、そういう環境を社会全体で作っていかないといけません。そういう動きに一役買えればと思って取り組んでいます。うちも昔ながらの製法なのですが、デザインを新しくしたり、いろんな人に興味を持ってもらうように作ったりしており、そうしてきているからこそ『守れる』ということになるのです」

 「まだまだできないことが多いので一歩一歩クリアしていきたい。職人の世界ってそういうものではないでしょうか。飴細工にとどまらずに、例えばいろいろな材料とのコラボなどできればと思っています。いろいろな可能性があって、そこからまた学びがあったりします。そういう意味では飽きない仕事なので楽しいです。終わりがない仕事です」

取材協力:アメシン
Webサイト:http://www.ame-shin.com/

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