雪国のおもてなし

日本のOmotenashi シリーズ第5回

地域ごとに独特な四季の表情が豊かな日本――雪国では今まさに人々が雪に向き合い、雪と共に生きています。日本有数の豪雪地帯・新潟県南魚沼市は、東京から電車で2時間程度の手軽な近さにありながら、見渡す限りの雪の風景が未知の世界にやって来たというインパクトをそこを訪れる人々に与えます。今回は、同市六日町にある山あいの自然に囲まれた温泉宿「いろりあん」と、越後の庄屋や豪農の館を移築した建物が秀逸の「温泉御宿 龍言(りゅうごん)」でのおもてなしと冬の趣向を紹介します。

雪に埋もれる いろりあん

各自の楽しみ方で雪と触れ合う

 この地方の積雪は、例年約2メートル以上に達する。一面に白銀の世界が広がり、はるか身の丈以上に積み重なった雪は人やあらゆる物を容赦なく圧迫する。しかしながら、雪に包まれる神秘的な体験、とりわけ満月の雲ひとつない夜に蒼(あお)い月明かりが雪面にキラキラ反射する様子は言葉では表せない。厳冬の地であるが、ふぶくことがあまりなく、真綿のように雪がくるんでくれるので厳しさも比較的穏やかなこの地方は、雪に慣れていない都会人でも割に入っていきやすい。

 上の原高原温泉にある温泉宿「いろりあん」も雪にすっぽり埋もれてたたずんでいる。雪と触れ合うことを楽しみにやってくる人々はここを拠点にして、踏み荒らされていない新雪の原野を自分の足ではるばると巡ったり、雪の林の中を動物の足跡をたどりながら散策して、雪の感触を心行くまでたっぷり満喫できる。足が雪に埋もれて難儀しないよう、宿が貸し出すかんじきを履いて行くのがお薦め。裏の田んぼは宿専用の「ちびっこ広場」としてファミリー向けに整備されており、思いっきりソリで滑ったり、真っ白な雪だるまを作ったり、親子ともども時を忘れて雪遊びに夢中になってしまう。「わらぼし」蓑(みの)をかぶって雪ん子(雪の精)に変身するのもおもしろい。10人は入れるほど大きなかまくらも作られており、その中でふるまわれる焼いたおもちやおしるこを食べながら過ごす夕方のひとときは、とても印象深い思い出になる。玄関前に連なる雪の灯籠(とうろう)は、暗くなってから到着するお客様を幻想的な雰囲気でお迎えする。

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ゆっくりのんびり憩う

 雪遊びで疲れた体をほぐしてくれる温泉は、雪見をしながら浸かる天然温泉の露天風呂も風情があるし、いろいろな効能がある薬草風呂もうれしい。館内は民芸調で落ち着いた雰囲気に満ち、あちらこちらに配されたアンティークな古民具が趣をさらに演出する。屋号の由来にもなっている囲炉裏(いろり)を囲みながら頂く滋味に富む料理は、地元の食材を中心に日本海の海の幸を加えた季節の旬を凝らしたもの。

 米どころ越後の銘酒との相性がいい。古い民家を移築して再生した離れは茶室として使われ、食後には女将(おかみ)が語る地元の民話や言い伝えや昔の人々の暮らしぶりに耳を傾けて、いにしえの情緒に包まれた中で宵のひとときを過ごすことができる。

四季を楽しむリピーターが集う

 自分で布草履を編んだり、地元産のそば粉を使ったそば打ちを体験することも通年でできる。隣接のそば処「草庵で新鮮な山菜のてんぷらと共に食する打ちたてのそばはまさに絶品。6 月中旬から8月下旬まではホタルの乱舞する幻想的な光景を目の当たりにすることができる。日本一と評される南魚沼産コシヒカリの新米の釜炊きと穫れたての天然キノコで秋の味覚は風味満点。――「いろりあん」では、”せっかくこの地を選んで来てくれたのだから、たっぷりと満喫してもらいたい” と、四季それぞれのプランを充実させ、また、お客様に合わせた最適な周辺情報を差し上げることも重視している。女将をはじめ従業員が心の込もった「おもてなし」をさりげなくご提供できるよう心掛けている。

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山の温泉宿 いろりあん
〒949-6636新潟県南魚沼市小栗山2089-4上の原高原温泉
Tel: 025-773-5847 Fax: 025-773-3110
URL: http://www.irorian.co.jp

【アクセス】
電車:JR上越新幹線越後湯沢駅または浦佐駅で上越線に乗り換えて六日町駅より送迎車で10分
お車:関越自動車道六日町I.C.より10分

 

 

荘厳にして静寂な館 龍 言

往時の空気に包まれる

  ​ かつてこの地にあった寺の名称を授かった温泉宿「龍言」は、訪れる者に200 年前の日本の姿を思い起こさせる。本館の建物は、越後の地に150~250年前に建てられて以来過酷な豪雪に耐えてきた庄屋や豪農の館を移築したものである。日本の伝統的な建築様式を現在にとどめ、殊に雪国ならではの太い梁と柱が特徴である。「故郷に帰ってきた」――どこかしら日本人の底流にある懐かしさを思い起させる。

 重厚に構える黒塗りの門をくぐり、旅の疲れを一休みするために最初に通されるおつきの間は、江戸時代後期の村の長の館にあった茶の間や書院として実際に使われていたものである。古木の堅牢(けんろう)さとぬくもりを感じさせながら、囲炉裏やいにしえの調度品が目を和ませてくれる。黒光りした長い廊下は昔の屋敷の作られ方を踏襲して複雑に張り巡らされており、客室に向かう左右にはいたるところ細部まで行き届いた装飾品や窓外の植栽などに目移りすることしきりである。離れの茶室、噴水、滝を擁する緑深い大庭園をそぞろ歩くと、我々が生きる現代はいつのまにか彼方に忘れ去られ、心身ともにくつろいでいるのに気が付く。

手間を惜しまず、心を込めて

 東京ドームをしのぐ16,000坪の敷地には、さまざまな間取り、窓からの眺めを提供するよう工夫を凝らした純和室の36の客室が配され、その名は一室ごとに曹洞宗大本山永平寺や「越後一の寺 雲洞庵(うんとうあん)」の住職により授けられたものである。冬場は各室にこたつがしつらえられ、囲炉裏のある部屋では炭火をおこしてくれるので、戸外がどれほど冷え込んでもしっかりと温まることができる。

 手の届くところまで雪が迫る露天風呂を含め、風呂は8つあり、体のしんから温まりながら風情を味わえる。無料でふるまわれる地元の「おばあちゃん」が昔から引き継いできた製法で作った甘酒も、厳冬のこの地で頂くのは格別である。秋から春にかけて毎夕杵(きね)と臼(うす)による餅(もち)つきが披露され、この地方独特の極めてきめが細かく、粘りの強い餅の出来たてを賞味できる。

 板前が作る郷土料理と日本海の海の幸の料理に加え、毎夕・朝にスタッフが交代でかまどに薪(まき)をくべてお客様ごとの食事時刻に合わせて炊く地元コシヒカリのごはんを炊きたてで頂けるのは、まさにここならではの手間をいとわぬもてなしである。けんちん汁と漬物は地味ながらも、気候・清水・土壌に恵まれた地元の新鮮な食材のうまみを最大限に引き出して、この地に生まれ育った「おばあちゃん」の手でしか作れない、このうえなく心の込もった素朴な逸品。また、季節に合わせて取れたての川魚を丁寧に炭火で立て焼きにする様子は、「龍言」の名物である。

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掛け替えのない土地への愛着

 餅つきでもごはんでも”昔からこうやってきた”ということをきちんと踏まえ、この土地の「本物」を食してもらうことに妥協はない。施設のいたるところで表現されている越後の伝統を見たり触れたりして愛(め)でることも、方言による民話の語りを鑑賞することも、お客様の五感に働きかけるよう提供されるものすべての根底には、この地を愛してやまないスタッフが一丸となって意欲的に取り組む姿勢が尽きることはないのである。

温泉御宿 龍言
〒949-6611 新潟県南魚沼市坂戸79
Tel.: 025-772-3470 Fax: 025-772-2124
URL: http://www.ryugon.co.jp

【アクセス】
電車:JR上越新幹線越後湯沢駅または浦佐駅で上越線に乗り換えて六日町駅より送迎車で5分
お車:関越自動車道六日町I.C. より10 分

 

写真提供:取材先宿舎、南魚沼市商工観光課

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