“手ぬぐい”-日本古来の生活の知恵 「注染」の風合いの魅力

“手ぬぐい”-日本古来の生活の知恵

「注染」の風合いの魅力

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 “手ぬぐい”がある。皆様はどんなシーンを思い浮かべますか?
 お神輿(みこし)をかつぐ氏子さんのいなせなはちまき、落語家の懐から出てくる万能ツール、浮世絵の湯屋、日本髪のあねさんかぶり、大工さんの腰、庭師さんの頭、野良仕事に励む人の首、日本舞踊を踊る手、歌舞伎は世話物(せわもの)*1 の一場面、剣道の防具をかぶる所作、などなど。まことにさまざまな日本の景色に登場している。まさに万能の重宝さ。

*¹ 世話物:庶民の日常の機微を描いた演目

 今回は、大阪府堺市に本社のある、株式会社ナカニの手ぬぐいブランド「注染(ちゅうせん)てぬぐい にじゆら」の東京営業所/染めこうばにじゆらを訪ね、所長の田中啓介氏にお話を伺った。

田中啓介所長

手ぬぐいの歴史
 埴輪(はにわ)の首に巻いてあった、という説もあり、1300年前奈良時代には特別な神事の装身具だった。さらし木綿*2 はそのころは高価なもので、絹で着物を作った際に出る端切れを“手ぬぐい”としていた。今の値段に換算すると一枚35,000円くらいになる。鎌倉時代になると武士が兜(かぶと)の下にかぶるようになる。綿の手ぬぐいが徐々に使われだしたのは、豊臣秀吉のころ(16世紀)で、綿花の栽培が盛んになり始めたためだ。

*2 さらし木綿:「さらし」とも呼ばれる。木綿を漂白したもの

 江戸時代になると日よけ、頭巾、腹帯、包帯、目印などや、ファッションアイテムとして一般に普及しはじめた。江戸時代は奢侈(しゃし)禁止令が出たことがあり、絹の着物ではなく、木綿の着物を作った端切れが手ぬぐいになった。江戸は究極のエコだったと言われるが、手ぬぐいもその一端を担っていたことは確かである。

手ぬぐいの特徴
 平織の和さらし*3 のきりっぱなしは長方形で、水切れよく、乾燥が早く、清潔が保てる生地で、高温多湿の日本の夏には欠かせなかった。さらに軽く、安価の上に日本独特のやわらかさ、やさしさ、繊細さが魅力で、デザインの多彩さ、季節感も楽しめる。

*3 平織の和さらし:縦糸と横糸を単純に交互に織った日本のさらし

 「木綿往生(もめんおうじょう)」と言い、飾り、巻いて、敷いて、拭いて、最後に雑巾にして長く、何にでも使える。「手ぬぐいを育てる」という言葉がある。使い、洗うほどに柔らかく風合いが増して手になじみ自分の手ぬぐいになっていくのを楽しむ。現代はデザインも豊富で、四季に応じて、季節の催事に応じて楽しめ、プレゼントにも最適だ。最近は訪日外国人のお土産としても人気だという。

お正月
ひな祭
端午の節句

注染とは
 その名のとおり、染料を注ぎ、染める手法。一度に50枚染めることのできる技法は明治時代に大阪で生まれた。1枚の布を蛇腹状に重ね合わせて表と裏からの2度染めていくので表裏きれいに染まるのが特徴。また、注染には多くの工程があり、すべてを職人が手作業で行うため、一つとして同じものはない。繊細で優しいぼかしやにじみの何ともいえない風合いが注染の一番の魅力である。にじみ、ゆらぎ、「にじゆら」の手ぬぐいは見れば見るほど引き込まれ、使うほどに手になじみ自分のものになっていく。

工程
1.糊置き 生地の上に型紙を固定し、その上から防染糊(のり)を木へらでムラのないようにのばしてこすりつける。糊がつけられた部分は染料がしみ込んでいかない。1枚が終わると布をあげ、次の布に同じ作業を行い、すべて重なっている布1枚1枚に模様の輪郭となる型紙の上から糊を塗る。これを25回ほど繰り返す。「糊置き」はその後の注染に最も影響する大切な工程となる。糊は海藻を主原料とする天然の素材で作られている。

糊置き
糊置き繰り返し
木へら
模様型

2.注染 「糊置き」して折り重なった布を染め台に置き、模様の周りに色が漏れないように糊で土手を作ってゆく。これにより、1つの模様に1色または多色を付けることができる。その土手の中に、選んだ色の染料をドヒンとよばれるじょうろで流し込む。染料を均等に効率よく浸透させるために、染め台に設置されている機械で吸引していく。すると生地の隙間をつぶすことなく糸1本1本に染色できるため、生地の柔らかな肌触りを保つことができる。一通り染色が終わると、重なったままの生地を裏返し、反対側からも同じ作業を繰り返す。染料を上から注いで下から吸い込むので生地に染料を浸透させ糸ごとそまることにより裏表なく染められる。

糊で土手を作る
糊を絞る器具
染料ドヒン
染料を注入

3.水洗い 染がおわると川と呼ばれる洗い場で、重なり合う防染糊と余分な染料を洗い落とす。色移りのないように素早く。

4.乾燥 生地を十分水洗いした後、脱水をかけ、色が変色しないように日が差し込む天井の高い部屋で乾燥。十分に乾燥したのち裁断する。

乾燥

「手ぬぐいの日イベント」に参加して

手ぬぐいで包む
手ぬぐい染め体験
手ぬぐい体操
中尾雄二会長

 日本橋コレド室町テラスの店舗近くのイベントスペースには、ブランドの名前となった、心地よくにじんでゆらいで作りあげられた手ぬぐいの代表作と、さまざまな使い方の実例が展示されていた。株式会社ナカニ代表取締役中尾雄二氏から、手ぬぐいに関するまことに興味深いお話が聞けた。

 パナソニック勤務からナカニ二代目社長に就任された中尾氏は現代の手ぬぐいにより多くの人に身近に接してもらい、自分の手ぬぐいを育ててもらいたいとの思いを持たれ、自社ブランド「にじゆら」を立ち上げられた。また伝統技術の「注染」を継承し、職人の技を次の世代に伝えていきたい、との理念から、2016年に「手ぬぐいの日」を3月21日に制定。2017年に「手ぬぐい体操」も考案された。会長ご自身も2019年日本伝統工芸士に認定されている。
 「注染」の魅力はプリントにはない風合い、よく見ていると色のにじみが感じられる。このにじみ、ぼかしの技術はMoMA(ニューヨーク近代美術館)が買い付けに来たほどの魅力である。工程の中では最初の「糊置き」が一番難しく、職人の技の見せ所である。柄をつぶさないようにすることが肝心。染料を入れた後の吸引のタイミングでにじみの調整が風合いを出してゆく。手ぬぐいの日のイベントには、40人ほどが参加しグループに分かれて注染体験も行われた。

「注染」手ぬぐいの展開
 たくさんの人に手ぬぐいに接してもらいたいことと、技術と職人を守る使命から、「にじゆら」はさまざまな事業展開をしている。従来の手ぬぐいのサイズを短くして長さ60センチのサイズを制作し、お弁当包みにしたり、場所をとらない装飾等に利用されている。デザインも季節のものはもとより、さまざまな企業とのコラボも盛んに行われている。また個人も注文ができ、自身の還暦祝い手ぬぐいを制作して友人に配る、など。軽く、手軽に贈れるのが長所である。また、店舗で「注染」体験ができるのも「にじゆら」の大きな特色である。

JR
扇子
ビートルズ
甚平
60センチサイズ

注染体験
 今回は染めこうばにじゆらにて、手ぬぐいの日に合わせて上京された中尾会長に光栄にもご指導いただき、筆者がはじめての注染体験を行った。
 まず、柄に糊の土手を作る工程を練習。持ち方や絞り出し方にコツが要り、特に足を踏ん張る力が要り驚いた(後で筋肉痛になりますよ、とおっしゃる。確かに2日後足が筋肉痛になった!)。ケーキのクリームを絞り出す器具に似ているが、糊は想像より固く、力の加減が難しい。
 手ぬぐい10枚分ほどが蛇腹状に重なった布を染め台に用意していただいていた。この布はすでに糊置きが終了している(糊置きの工程は堺の工場であらかじめ職人さんが行って、注意深く東京の工房に運送されている)。手ぬぐいの模様の柄(今回は手ぬぐいの日のために特別に用意されたデザイン)一つ一つを糊の土手で囲んでいく。染料がもれていかないようにある程度の高さを保つ、土手の端の接着面をきちんと整えることに注意しながら土手を作っていく。模様をつぶさないように、模様の半分を土手で区切れば、ひとつの模様に2色で染めることもできる。慎重にかつ思い切りよく絞り出すのが良いようだ。10以上の模様を土手で囲んでいく。

体験用染め台とドヒン
中尾会長ご指導
糊の土手

 いよいよ染料を流し込む作業に移る。10色ほどの染料が入った金属製のドヒンを持ち、濃い色から順に模様を選んで土手の内側に染料を注いでいく。道具の使い方や、染料の量の加減など微妙な力加減が難しく体験ならではの緊張感があった。気を付けていても染料が隣の柄に侵入し、色が混ざることもあったが、これがにじみになり予想しなかった色が現れて驚きとなる。2色を重ねてできる色を付ける技術もあるが、今回は自然に色が混ざってしまい狼狽(ろうばい)する筆者に、会長がこれも注染の魅力のひとつと言ってくださり安心する。
 1色染料を注いだら染め台の下に設置されている吸引機で染料を吸引し下の布まで染料をしみ込ませるとともに、染料が余計な範囲まで達しないようにする。この吸引も加減があり、プロは吸引のタイミングで風合いを表す技術もあるという。

染料流し込み

 全ての染料を流し込み、最後に色を定着させるための液を全体にかけしばらく待つ。
 いよいよ一番上の保護布を除いていく。この一瞬のどきどき、嬉しさ! すると、鮮やかな手ぬぐいの柄が現れた。布を引き上げると次々に同じ柄の手ぬぐいが現れ、手品のようだ。自分だけの手ぬぐいが出来たことに感動した。

出来上がり

 糊がついたままの手ぬぐいの長い布をビニール袋に入れていただき、家に帰って水で糊を洗い流した。糊は天然素材なので家庭でも問題なく水道水で洗い流すことができる。洗い流している間、何とも言えず楽しく胸躍る。また、布を絞り伸ばして乾燥させるため、竿(さお)にかけるときにはもうすっかり職人さんの気分であった。乾燥したあと、少しだけはさみで切れ目を入れ、1枚分の手ぬぐいを手で潔く割く。自分だけの手ぬぐいに出会い、ひとり何やら誇らしく思った。
 体験後、手ぬぐいの柄を見る目がこれまでとは変わった。この手ぬぐい、職人さんはどこにどうやって土手を作ったのか、どうやって染料を選んだのかな、グラデーションの技術が素晴らしい、デザインの難しさ、柄をつぶさない糊置き職人さんの技術力に脱帽、などとにかく1枚1枚の手ぬぐいが気になってきた。体験を通じて、手ぬぐいの魅力を実感し、良さを再認識してもらいたいという会長の試みは大成功と確信する。次はもっと上手にとリピートする方々の気持ちも分かった。外国人の体験希望者も多いと聞く。
 中尾会長によると「注染」の風合い、何とも味がある、しかしこれが難しい。どうしても重ねた表と底の数枚は色がにじむ。商品の納入となると染めてみたら完成の枚数が足りず、ご自身が糊置きから乾燥まで大急ぎで作業を続け納入したこともあるという。
 この頃は女性の職人さんも増えている。ますます、生産体制の充実を確保して、技術を継承していきたいと語られた。

令和の手ぬぐい
 デザインの美しさ、季節感に加え、手ぬぐい本来の使い勝手の良さを再認識して、現代のSDG’sに役立て、日本独自の知恵の継承を期待する。特に、軽く、速乾性があり、必要なサイズに手で割いて使える手ぬぐいは、災害への備えにきわめて有用である。縫わずにマスクを作ることもできる。ぜひ、これからは外出バックの中に手ぬぐいを1本入れていかれたらいかがだろうか。自分が育てるお気に入りの手ぬぐいとともにあれば、気持ちも穏やかになる。


手ぬぐい体操!(皆様も家の中の手ぬぐいを探してみてください。)

一度体験するとはまります。

取材協力

株式会社 ナカニ
住所:大阪府堺市中区毛穴町338-6
電話:072-271-1294
http://nijiyura.com

染こうばにじゆら
住所:東京都台東区上野5-9-18 AKI-OKA ARTISAN O-2
電話:03-5826-4125

日本橋店
住所:東京都中央区日本橋室町3-2-1
   コレド室町テラス2階誠品生活店内201
電話:03-6225-2035

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