伊根の舟屋 ~日本で一番海に近い暮らし~

平成28年6月、京都府および北部7市町(福知山市、舞鶴市、綾部市、宮津市、京丹後市、伊根町、与謝野町)は、地域主導のブランド観光圏形成のため『海の京都DMO (Destination Management/Marketing Organization)』を設立した。京都府北部地域は、日本海に面して古くから大陸と都を結ぶ重要拠点だった。またこの地域の海産物や米、京野菜などの豊富な食は、京都の台所を支えていると言っても過言ではない。今回はこの『海の京都』地域の中でも、特に伊根湾の舟屋群とそこに住む人々の「海に近い暮らし」に焦点を当て、その魅力や楽しみ方を探しに行ってきた。

伊根湾めぐり

 京都駅からJRの特急に乗り約2時間で京都北部の名所「天橋立」駅に着く。時間があればもちろん日本三景の1つである天橋立を見物したいところだが、今回は東京から1泊2日で「伊根の舟屋」を堪能するのが目的なので、すぐにローカルバスに乗り換える。宮津市を抜けて車窓から見える湾の海水の透明度に驚きながら1時間ほど乗ると、伊根湾めぐり観光船桟橋の停留所日出(ひで)に到着。まずは25分間の海上遊覧を楽しむことにした。
 2005年7月、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された「伊根浦」には、周囲5kmの湾を取り囲むように約230軒の舟屋が立ち並んでいる。
舟屋とは湾の海面にせり出して建てられた建物で、1階が船のガレージ兼物置・作業場で、2階が居住スペースになっていることが多い。近年は漁師をやめる人も多く、舟屋を宿やCaféに改築して利用し、観光客に人気がある。カモメの歓迎を受けながら、海上から舟屋群の景観を楽しんだ。 ≪動画:遊覧船から眺めた舟屋

道の駅「舟屋の里 伊根」

 遊覧船を楽しんだ後は、伊根湾を見下ろす小高い丘の上にある道の駅「舟屋の里 伊根」に行ってみた。展望所からは湾が一望でき、今さっき乗船していた遊覧船をカモメになったような気分で上から見下ろすことになる。≪動画:展望所からの眺望
 道の駅には観光案内所があり、お勧めのスポットやアクティビティ、観光ガイドの予約などを相談できる。
 ちょうどランチタイムになったので、道の駅内の和食店「油屋」で地元の人お勧めの海鮮丼を食べた。地の魚を中心に溢れるほど大盛の海の幸に、旅の醍醐味を感じながら、この土地の食の魅力を堪能した。

舟屋滞在

 記者がこの日泊ったのは「舟屋の宿 まるいち」で、海側から舟屋と歴史を感じさせる蔵、そして道を挟んで山側にオーナーが住む母屋が並ぶ伝統的な建物構成になっている。一方舟屋内2階はモダンでハイセンスな造りの和洋室になっていて、外国人旅行者にも喜ばれることは間違いない。夕食は付いていないので仕出し弁当を頼み、窓際のカウンターテーブルで地酒を飲みながら、暮れ行く伊根湾の情景を楽しんだ。宿のご主人は漁師ではなく、釣り船「まるいち丸」の船長だ。釣り船は大きく舟屋の1階には収まらない。そのためか1階は屋内部分が大きなテーブルのある食事会場、海側は生簀(いけす)になっていて、大きなタイが数尾ゆったりと泳いでいた。

オーナーの永浜ご夫妻と「まるいち丸」

漁港の朝

 伊根周辺は富山県氷見、五島列島と並ぶブリの三大漁場だ。また伊根町にある漁港の漁獲量は、京都府全体のおよそ25%を占めている。それなのに「伊根には魚屋が1軒もない」という。民宿の主も、一般の家庭の主婦も、朝湾外の定置網から引き上げられる魚を漁港へ買いに行く(これを「浜売り」という)と聞いて、翌朝記者も早起きをして漁港へ行ってみた。≪動画:漁港の光景
 漁船が着くと強力なポンプを使って船の魚倉から魚を吸い上げ、大きな選別機に流し込む。選別機で分けられた魚をさらに人の目で確認して細かく選別していく。選別するのも近所のお母さん、それを買っていくのも近所のお母さんやお父さんだが、伊根漁港の安くて新鮮な魚に惚れ込んで、毎朝奈良県から買いに来る常連もいるとのこと。伊根には魚市場がないため、水揚げされた魚の多くは宮津や舞鶴の市場に素早く運ばれるそうだ。

 漁港で取材していると、香港から来た観光客に出会った。Ms. Addy TANGと Ms. Esther WANは義理の姉妹で、家族4名で大阪を中心に観光を楽しんでいる。伊根のことはインターネットで知り、1泊の予定で来て舟屋の宿に泊まっている。漁港もぜひ見たいと思ったという。WANさんはこれまで日本を何度も訪れているとのことだが、中でも北海道が一番好きだったという。「東京は香港と同じで慌ただし過ぎるわ。伊根は静かでいいわね」とこのゆったり時間が流れる漁港の町が気に入ったようだった。
⇦ Ms. TANG(左)とMs. WAN(右)

町歩きとビン玉作り体験

 伊根の町を地元のガイドさんに案内してもらった。舟屋群の町並みは皆ほぼ同じ構成になっている。舟屋が海上にせり出し、その裏に多くの場合蔵がある。切妻造りの蔵の妻(壁)部分には「鏝絵(こてえ)」と呼ばれる漆喰のレリーフがあり、その多くは福を表す「宝」や火事から守る「水」などの文字が描かれている。蔵の裏には幅約4mの道が通り、道の山側に母屋がある。通り沿いの左右にこれと同じ構成で建物が並んでいる。
 その町並みを歩いていると、創業1754年の酒蔵「向井酒造」がある。豊漁を祈り神に捧げる酒を造り続けてきた歴史ある酒蔵だが、近年赤米(古代米)を使って醸した日本酒「伊根満開」が人気だ。ロゼワインのような桜色をした赤米酒を試飲してみると、ほのかな甘酸っぱさが食欲を誘い、ワインのような食前・食中酒としてピッタリだと思った。世界の有名レストランのソムリエも認めたというこの赤米酒は、輸出されて海外でも注目されているという。
 試飲をしてほろ酔い気分になったところで町歩きを続けた。舟屋の日常生活を象徴する習慣でぜひ見るべきものとして紹介されたのが「もんどり漁」だ。案内されてある舟屋の海側正面に回ると、ガイドさんが海中に伸びるロープを手繰り寄せた。ロープの先にはドーム状のかごのようなものがついていて、引き上げるとかごの中で魚がピチピチと跳ねている。この捕獲用のかごをもんどりと呼び、獲った魚の食べられない部分(あら)を入れてまた海中に沈めておくと、次の日のおかずが獲れるという仕掛けだ。≪動画:もんどり漁
 町歩きの最後に「ビン玉作り」を体験した。インストラクターは漁師の入山圭吾さん。ビン玉とはガラス玉を編んだ麻ひもで包んだもので、その昔漁師がブイとして使っていた。網を修理する時と同じように、網針(あんばり)と呼ばれる竹の針で編む。入山さんは漁師の太い腕には似合わないほど器用に編んでいく。実際にやってみると結構難しく、網の目が段々粗くなってしまった。一緒に体験した女性は、さすが女性らしく細やかに編み上げていた。

海上タクシー

 伊根町滞在の最後に舟屋を正面からもっと間近に見たいと思い、海上タクシーに乗ることにした。海上タクシーとは小型の観光用チャーター船で、予約をすると湾内どこにでも迎えに来てくれる。大人1人1,000円で30分ほどの湾内遊覧が楽しめる。大型の遊覧船と違うのは、小型なので岸の近くまで行けること、乗客の興味に合わせてガイドをしてくれることだろう。舟屋の写真をアップで正面から撮影するという私の希望も叶えてくれた。
 また船長の説明で幾つかの興味深い情報も知ることができた。たとえば重要伝統的建造物群保存地区に指定されているのは建物だけでなく、舟屋から裏山の景観まで保存の対象になっていること。舟屋が台風などの影響を受けにくいのは、伊根湾の入口は南に向いており、日本海側が山で塞がれている上に、湾の入口には青島があり、それも防波堤の役割を果たしているから。また潮の干満差は1日の内では5~10㎝、1年でもせいぜい50㎝で、湾内の海面は常に鏡のように静かだという。さらに舟屋が今のように海面近くに建てられるようになったのは江戸時代以降で、以来昭和5、6年までは母屋と舟屋の間の道幅は1.5mしかなく、車両は通れなかったので交通手段は全て船だった。昭和6~15年の間に道路拡張が行われ、その際それまで平屋だった舟屋が2階建てになったことなども、町の歴史を知る上でとても重要な説明だった。
 海上タクシーの船長さんの興味深い話を聞きながら、舟屋のクローズアップ写真をたくさん撮り、満足して帰途についた。次回はぜひもっとゆっくり滞在したい。
 
≪動画:海上タクシーからの眺め
 
 古い舟屋は屋根が海に向かって傾いている。左が江戸時代からの古い舟屋で、真ん中が一番新しい。

≪取材協力≫
伊根町観光協会
〒626-0424 京都府与謝郡伊根町字亀島459
TEL:0772-32-0277、FAX:0772-32-0773
URL:http://www.ine-kankou.jp/

伊根町役場企画観光課
〒626-0493 京都府与謝郡伊根町字日出651
TEL:0772-32-0502、FAX:0772-32-1333
URL:http://www.town.ine.kyoto.jp/

海の京都DMO
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