世界で唯一!近畿大学のクロマグロ完全養殖

水産資源枯渇と食糧問題を救う

中トロ1カン!我々はいつまで当たり前のように美味しいマグロを食べられるのであろうか。
ちょうど1年前の3月、カタールのドーハで開催された15回目となるワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)締約国会議では、大西洋・地中海産クロマグロの全面禁輸が話し合われるなど、近年世界的にクロマグロの漁獲規制が強まっている。
クロマグロはその美味しさから、近年欧米やアジア、特に中国の富裕層の間でたくさん食べられているが、依然として一番消費しているのは日本人で全体の約8割を占めている。
そこで、水産資源の増産と自然環境との調和をテーマに「獲る漁業からつくり育てる漁業」の養殖法の研究を続ける「近畿大学水産研究所」の成果と今後の取り組みをご紹介する。

マグロのトロを本格的に食べ始めたのは最近

 まず始めに日本におけるマグロの食文化の歴史について調べてみると、縄文時代の貝塚から、マグロの骨も出土していることから大昔からマグロを食べていたことがうかがえる。
 江戸時代には房総や三浦半島沖で盛んに獲れてはいたが、江戸に運ぶまでに腐ってしまうので、保存が効くように主に赤身の部分を細切れにし、醤油漬けにして食べていた。当時の日本人は、カツオやイワシなどのあっさりとした味を好み、脂っぽいトロの部分はあまり好まなかったようだ。
 昭和の高度経済成長期に入ると、保冷の技術が進み、またバターなどを使用したこってりした西洋料理の影響などを受け嗜好が変わり、マグロの中でも脂の多いトロの部分を好んで食べるようになっていった。

漁獲規制が進むクロマグロの捕獲

 マグロの養殖には、「蓄養」と「養殖」の二つがあるのをご存じだろうか。蓄養とは、海で泳いでいる天然マグロの稚魚を捕獲し、生け簀(いけす)の中で餌を与えて成魚まで育てるものであり、養殖とは、人工ふ化から育てた成魚が卵を生み、その卵を人工ふ化させ、仔魚(しぎょ)から稚魚、そして成魚まで育て、またその成魚が卵を産むという繰り返しで、これを正しくは「完全養殖」という。
 JAS規格制度では、「蓄養」を「養殖≒(完全養殖)」と標記することが認められていることもあり、その違いが一般的には、正しく理解されていない。
 蓄養の問題としては、天然の成魚はあまり捕獲をしていないが、その替わりに稚魚をたくさん捕獲していることから、結果的にマグロ全体の数を減らしていることになっている。
 また、昨年12月にホノルルで開催された中西部太平洋マグロ類委員会(WCPFC)第7回年次会合で、クロマグロを漁獲する努力量は2002-2004年水準よりも低く保たなければならないことや、稚魚の漁獲量を2002~2004年水準よりも減らす措置が決定された。クロマグロの捕獲は、世界的に年々規制強化の道を進んでいる。

海に生け簀(いけす)を作る

 そこで、クローズアップしたいのが、世界で唯一「クロマグロの完全養殖」に成功している、近畿大学水産研究所の取り組みである。
 戦後、遠洋漁業しかなかった時代に近畿大学初代総長世耕弘一(せこうこういち)氏は、海に生け簀を浮かべることを考えた。これが、魚の養殖の始まりである。
 ハマチの養殖の成功に始まり、マダイやカンパチなどの高級魚の養殖にも成功していった。
 この養殖の成功のカギとなったのは、近畿大学水産研究所第2代所長原田輝雄(はらだてるお)氏が開発した小割式養殖法(こわりしきようしょくほう)(海面に網生け簀を設置しその網の中で小さく飼う方法)であった。今ではこの養殖法が世界の主流となっている。

1970年には、水産庁の委託を受けマグロ養殖の研究を開始したが、育成は困難であろうとの見解から、水産庁は3年後にこのプロジェクトから手を引いてしまった。
 そこで近畿大学では、自前で養殖をしたハマチやカンパチなどを市場で売り、研究費の一部に充てて研究を続けていった。
 そうした地道な研究の結果、2002年には世界初となるクロマグロの完全養殖に成功し、2004年にはこれもまた、世界初となる完全養殖クロマグロの初出荷という偉業を成し遂げた。
 成功に導いたものは何かと、水産研究所本部(白浜実験場)で第4代所長の村田修(むらたおさむ)博士に聞いてみた。
 「この研究に携わるみんなが同じ思いで、一丸となって研究に取り組み、結果を出していくチーム力。そして毎日、地道に飼育・観察をしていることです。私は、羊飼いならぬ、魚飼いですよ」と言いながら微笑む村田博士の目には、確信を持ってその道に打ち込む研究者の自信が溢れていた。

水産資源を活用しない餌の開発

 クロマグロの完全養殖が行われている大島実験場は、水産研究所本部から車で約1時間30分離れた本州最南端に位置する風光明媚な串本町大島に、1970年に開設された。
 ここでは、直径30mの生け簀が10基あり年齢別に分けられて飼育されている。
 今回、大島実験場長の澤田好史(さわだよしふみ)博士にお願いして、生け簀のクロマグロを見せていただいた。最初に案内された生け簀では、人工ふ化後6カ月の全長約30cm、体重約2キロの若魚約600匹が、独自に開発した配合飼料の餌に勢いよく喰(く)らいついていた。別の生け簀では、9歳の全長約2m、体重約170~290キロの成魚30匹が優雅に泳ぐ姿が印象的であった。
 この生け簀で育成された完全養殖のクロマグロは、「近大マグロ」で商標登録がされており市場でも販売されている。
 成魚になったクロマグロには、サバやイワシなどの餌を与えるが、体重を1キロ増やすには、約15キロの魚の餌が必要とされる。餌も貴重な水産資源なので、大量に獲りすぎると海洋生態系のバランスが崩れてしまう。
 この餌の問題を解決しようと、魚の替わりにトウモロコシなどの植物性タンパク質を利用して餌にするという研究にも取り組んでいる。
 近畿大学水産研究所の新たなクロマグロの養殖技術の開発に期待が寄せられている。

近畿大学
水産研究所本部(白浜実験場)
〒649-2211 和歌山県西牟婁郡白浜町3153
TEL:0739-42-2625
E-mail: suikensh@kindaisuiken.jp

大島実験場
〒649-3633 和歌山県東牟婁郡串本町大島1790-4
TEL:0735-65-0501
E-mail: suikenoh@za.ztv.ne.jp

http://www.flku.jp/index.html

写真:君和田 富美夫

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